灰色の世界へ
「私、実はこの鶯岬町に、とても興味がわいてきたんです」
廊下を歩きながら、土器手さんが言った。
「引っ越すことが決まってから、少しだけこの町について調べてみました」
「あぁ、そうなんですね。で、どうでした? 何か面白いこと、ありました?」
「はい。とても興味深いことが」
「たとえば――どのようなことです?」
「宇宙生物についてです」
土器手さんのその言葉に、オレはピタリと足を止めた。
ボーゼンと、彼女を見つめる。
「えっと……土器手さん。それは、その、どのような資料で?」
「あぁ、あの、ウチにあった本ですけど?」
「ご自宅にあった本……いやぁ、驚きました。それって、物の怪のことですよね?」
「物の怪?」
「はい。火球が落ちた場所の近くに、物の怪――つまりモンスターのようなものが現れるっていう。さっきオレが読んでた資料にも書いてあったんです」
「なるほど。でしたら、おそらく同じもののことだと思います」
図書室の前に、オレたちは到着する。
校舎の二階。
ドアをスライドさせ、オレは中に彼女を導いた。
「どうぞ。こちらがこの学校の図書室になります」
図書室に入り、土器手さんが室内を見回す。
相変わらずこの部屋は、本独特の匂いでいっぱいだ。
鶯岬小学校の図書室は、田舎にしては、わりと広い方なんじゃないかと思う。
壁に沿って立ち並ぶ、古くてしっかりとした本棚。
ギッシリとそこに詰められた、様々な書物たち。
「開放時間は、夕方の5時まで。この学校の生徒なら、誰でも自由に借りることができます。ただし、借りられるのは一冊までです」
「すごい本の数ですね。素晴らしいです」
「さて、それでは土器手さんの
「え? 古住さんが作ってくださるのですか?」
「はい。こう見えて、オレ、図書委員なんですよ」
図書室の受付カウンターに入り、オレは下の箱から新しい代本板を取り出す。
本のカタチをした、プラスチックの板。
テーブルの上の油性ペンを使い、背表紙の部分に彼女の名前を書いた。
5ねん2くみ どきて みく
こうしてみると、なんだか少し変わった名前。
だけど、彼女にピッタリな気がする。
代本板を作り終えると、オレは椅子に座った土器手さんの前に腰をかけた。
彼女に、それを差し出す。
「どうぞ。こちらが土器手さんの代本板になります。借りたい本を見つけたら、その本を抜き出し、本があった場所にこの板を入れてください。返す時は、その逆です」
「なるほど。そうすれば、本の位置が変わらない、というわけですね」
「はい。昭和から続く、この図書室のルールだそうです」
「ありがとうございます。ルールは必ず守ります」
「それで、あの、土器手さん」
「はい」
「さっきのお話ですけど――続きを聞かせていただけますか?」
「あぁ。宇宙生物のお話ですか?」
「はい」
「もしかして古住さん――興味がおありなのでしょうか?」
「はい。めちゃくちゃ興味があります」
「実は、私もなんです」
土器手さんが、とてもチャーミングな感じでほほ笑む。
相変わらず敬語のままだったが、オレたちは少し打ちとけはじめていた。
美人すぎて、少し近寄りがたかったけど、土器手さんって、意外と話しやすい人?
「この鶯岬町には、昔から火球――つまり隕石がよく落ちてくる。そして隕石が落ちてきた場所には、ときおり、宇宙生物が現れる。お話は、そこまででしたよね?」
「はい。そうです」
「宇宙生物がどんな生物か? 古住さんはご存じですか?」
「いえ。わかりません」
「ウチにあった本によると――どうやら宇宙生物には言葉が通じないようなのです」
「言葉が、通じない。まぁ、生まれた星が違うので、それはそうなのかもしれないですね」
「いえ。彼らの中には、言葉が通じる者もいるようです。しかしながら、基本、通じません。コミュニケーションが、まったくとれないらしくて」
「それは……困りますね……」
「加えて、彼らが言っていることも、やっていることも、我々人間には意味がわからない。行動と思考に、理由がない。私が読んだ本には、そう書かれていました」
「なんか、めちゃくちゃムズい感じですね。宇宙生物……」
「それから、中には――人間を襲ってくる宇宙生物もいるみたいなんです」
「え? 人間を襲うんですか?」
「はい。それから、彼らのカタチは一定ではありません。粘土みたいだったり、液体みたいだったり、人間に似てたり、とにかく色んな種類がいるみたいです」
「でも、それらの宇宙生物は、隕石といっしょに落ちてきて、一体どこに行ったんでしょう? それに、人間を襲うのであれば、昔の人はどうやって……」
「私が読んだ本によると――『
「て、天女? あの
「はい。天女っていうのは、つまり――
「異常な力を持った者……つまり、異能力者……」
「その天女が、一体どんな人物だったのかはわかりません。ただ天女が、宇宙生物を退治したという記録は、いくつか残っていました」
「なるほど……天女ですか。つまり、鶯岬アレ伝説って感じですかね? オカルトです」
そうつぶやき、オレは壁掛け時計を見上げる。
時計の針は、そろそろ夕方の5時を指そうとしていた。
図書室の開放時間が終わる。
「さて。それではそろそろ帰りましょうか。戸締りの先生が来る時間です」
席を立ち、オレたちは図書室のドアに向かう。
そして、ボーゼンと立ち止まった。
「え……」
図書室のドアの横。
窓の外を見ると、いつもと様子が違っている。
外が――いつの間にか、暗くなっていた。
いや、暗いと言うか、燃えカスのような灰色になっている。
いつもなら、外がまだオレンジ色の時間帯。
夕方な、はず。
雨が降りそうな気配も、まったくなかった。
なのに、なんだかめちゃくちゃ薄暗くなっている。
それはまるでこの図書室が、部屋ごとどこかに移動しているような感覚だった。
つまり、オレたちがさっきまでいた世界とは違う、まったく別の空間に。
不気味すぎる灰色が、戸惑うオレと土器手さんを窓の向こうから見つめている。
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