渡り廊下ミーティング

「どぉ、あおくん?」


 朝。

 鶯岬小学校。

 校舎の3階。


 オレ・古住こずみ あおと、幼なじみの新崎しんざき 和美かずみは、渡り廊下に立っていた。


 オレは、小5。

 和美は、一コ下の小4。

 子どもの頃から面倒を見てるから、和美はめっちゃオレになついてる。


「あぁ、うん。すごい映像だな。マジで隕石」


「ね? マジで隕石!」


 スマホを返しながら、オレは和美を見つめる。

 和美は、相変わらずの分厚いメガネ。

 めちゃくちゃ勉強ができそうなルックスだけど、和美の成績はあんま良くないみたい。

 ルックスだけなら、カンペキに博士はかせ系なんだけどな……。


「すごいよね、これ! なんか、すごいよね!」


 大事そうにスマホを見つめながら、和美がクイッとメガネを上げる。

 「やれやれ」といった感じで、オレはひとつため息をついた。


「って言うか、和美って、マジでそういうの、好きだよな……」


「いやいや。そうじゃないっしょ? 碧くん、もっと私を褒めるべきっしょ?」


「いや、だから、すごいって言ってるだろ?」


「もっとだよ! もっと褒めて!」


「相変わらず、めんどくさいな、お前……」


「はぁ? めんどくさくなんかないよ! いい、碧くん? これ、テレビ局だって押さえてない、めちゃくちゃレアな映像なんだよ?」


「アァ、ウン。ヨク、ワカッタ。スゴイ。スゴスギルヨ、カズミ。エライ」


「なんで、棒? マジ、ムカつくんですけど?」


 和美が、思いっきりプク顔を浮かべる。

 いや、ホント、もぉ、ったく……。


 最近の和美は、いつもこんな感じだ。

 まだ小4なのに、すでに中2病?

 つまり、色々とアレなことを研究するのに熱中している。

 最近は、何だ、その、民俗学みんぞくがくってやつにハマってた。


 民俗学っていうのは、和美に聞いたところによると、めちゃくちゃ大事な学問らしい。

 ザックリ言うと、歴史のお勉強、みたいな?

 ある地域の、昔からの生活っぷりを調べる?

 まぁ、そんな感じ?


 最近のオレと和美は、なんとなくそれをやっている。

 オレはあんま興味ないけど、和美が『いっしょにやって』って言うから、しかたなく付き合っていた。


 和美は、オレの妹みたいなものだ。

 だからこういうのに付き合うのは、兄貴あにきとしてのオレのつとめ。

 シカトしたら、和美、すぐ泣くし。


「ところでさぁ、和美」


「ん?」


「お前、今、民俗学を勉強してるんだろ? なのに、なんで隕石なんだ? 隕石調査隊にでも入るつもりか?」


「うわぁ……ったく、ぜんぜんわかってないね、碧くん。うん。まるっきりわかってない」


「わかってない? は? オレが?」


「そう。碧くんは、なんにもわかってない。隕石はね、民俗学にとって、すっごく重要なんだよ?」


「いや、でも、民俗学って、昔の人の生活っぷりを調べるもんだろ? それがなんで隕石とか――」


「だ・か・ら! 隕石って、昔から、この地球にめっちゃ落ちてきてるんだ。そんなの生活に影響あるに決まってんじゃん!」


「そ、そうなのか?」


「そうだよ。民俗学っていうのはね、『不思議』の正体を追求ついきゅうする学問! その土地に伝わる謎の信仰しんこう・幽霊・UMA・UFO、そういうのも研究に含まれるんだ」


「なぁ、和美」


「何?」


「お前、そういう話をする時、めちゃくちゃ頭良さそうだな」


「でしょ、でしょ? なんか、私、すごくない? ねぇ、すごいよね?」


「だったら、ちゃんと学校の勉強もしろ。お前のお母さん、こないだオレに家庭教師を頼んできたぞ。オレに家庭教師を頼むとか、お前の成績、どんだけ悲惨なんだ?」


「碧くんに家庭教師なんかされたら、私たぶん、グングン・メキメキと成績が落ちてきちゃうな」


「いや、お前、なんでオレが傷つけられなきゃいけないんだよ……」


 オレは、トホホと肩を落とす。

 すると和美が、いきなり校舎の向こうを指さした。

 そこには、いつもの裏山が見える。


「さっきの映像を見るかぎり――隕石が落ちたのは、あの山だ」


「まぁ、たしかに。あの山のあたりで消えた感じだったな」


「どうする、碧くん? 調査、行く?」


「え? オレも行くの?」


「当たり前だよ。碧くんも鶯岬民俗学研究会の一員なんだから」


「いつできたんだよ、そんな会? って言うか、オレ、一員なの?」


「碧くん、研究会の副会長だよ?」


「うわぁ~、やったぁ! すっげぇ! オレ、がんばるぅ! って、オレら二人しかいないだろ……」


「行くの? 行かないの?」


「いや、行ってどうすんだよ? あそこ、あんな山だけど、ケッコー高いぞ? おまけに広い。隕石が落ちた場所もわかんないのに――」


「ふっふっふっ……碧くん、実はね、大体の位置はわかっているのです」


「え? マジで?」


「先週、隕石が落ちてから、ウチの生徒の目撃情報を集めたんだ。隕石が落ちた場所は、山の中腹。おそらくこれで間違いなし!」


「中腹って言っても――広くね?」


「大丈夫。だいたいの場所は、わかってる」


「目撃者でもいたのか?」


「うん。その周辺に住んでる人だよ。大きな音がして、家が揺れたから、地震かと思ったんだって。隕石が落ちた時、家の周りが青い光に包まれたって言ってた」


「青い光……マジか……」


「で、これ、調査資料。昨日、コンビニでコピーしといた」


 ランドセルを開けて、和美が紙のたばを取り出す。

 ホッチキスで止められた、わりと厚めな書類。

 え……こんなに、あるの?


「これは、この鶯岬ちょう郷土史きょうどしのコピー。図書室で見つけたんだ。隕石についての昔の記録も、ケッコー残ってたよ」


「す、すごいな、和美。学校の勉強以外、めちゃくちゃ有能すぎる……」


「へへへへへ。もっと褒めて! 私を褒めちぎるのです!」


「いや、よく聞け。ぜんぜん褒めてないし」


 あきれているオレの言葉に、チャイムが重なってくる。

 もうすぐ、朝の会だ。

 よっこらしょと、和美がランドセルを背負った。


「じゃあね、碧くん。その資料、ちゃんと目を通しといて」


「あぁ。わかった」


「あ、それから――」


「ん?」


「今日ね、碧くんのクラスに転校生が来るよ」


「転校生? え? そうなの?」


「うん。ウワサでは――とんでもないレベルの美少女らしい」


「とんでもないレベルの美少女……」


「ま、いわゆる、スーパー美少女ってやつ? えげつないほど可愛いんだって」


「そりゃあ、また……その子、可哀想だな。転校早々、いきなりハードル激高げきだかじゃん」


「でも、まぁ――碧くんには、あんま関係ないかな?」


「は? なんで?」


「だって碧くんには、いっつも私みたいな美少女がそばにいるじゃん」


「何言ってんだ、お前? 子どものくせに」


「碧くんだって、子どもでしょ? それじゃあ、またね!」


 笑顔の和美が、校舎の中に入っていく。

 4年生の教室がある、2階への階段を下りていった。


 ポリポリと頭をかき、オレも校舎内に戻っていく。

 5年2組の教室に向かった。


 しかし……裏山の調査か……。

 なんか……ムダに忙しくなりそうだな……。

 ま、和美のためだし、どうせヒマだし、べつにいいけど……。


 歩きながら、オレは廊下の窓の向こうの裏山を見つめる。


 和美がどこからか手に入れてきた、あの動画。

 夜の鶯岬海岸。

 砂浜を青く染めた、すごいスピードの隕石。

 あれは一体、どこから飛んできたんだろう?


 って言うか、隕石って、たしか宇宙から飛んでくるんだよな……。

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