第40話 陰キャオオタクの俺に目標や理想など存在しない
「教師に?」
「うん、教師になりたいの小さい頃からの夢」
「それは悩みなんじゃなくて、夢なんじゃないのか?」
「悩みだよ……夢でもあるけどね」
冬島はそう言って、苦笑いする。
「それよりもだ、どうしてそれを俺に話してくれたんだ?」
「それじゃあそこから説明するね」
「よろしく頼む」
「アンタさ、つゆっちと従妹だし仲いいから教師とかの話を聞かせてもらえるかなって思ったのは正直ある。言葉を悪くしたらそれ目的で近づいたってことになるね」
俺が露木先生と従妹同士で教師になるために有力な情報なんかを聞き出せるのでは、あわよくば露木先生本人から何か聞けるのではないかというわけだ。
「でもそれ、露木先生に聞けばいいだけじゃないか?」
「そういうわけにもいかないの」
「どうして?」
「つゆっちは確かに優しくていい先生だから、うちが教師になりたいっていったら全力で応援してくれると思う」
そこに何が問題があるのだろうか俺が疑問に思っていると冬島はふぅっと息を吐いた後、続けて話した。
「でももうすぐ進路相談があるでしょ? でさつゆっちのことだから絶対親に言うと思うんだよね」
「それが嫌なのか? だったら言わないでって先生に伝えれば……」
「――――それにうち成績もまだまだだし、まだ自分自身で本気なのかも最近わからなくなってきたの」
「そう……なのか」
話が終わった後、数秒ほど沈黙が流れる。
背中を押してもらいたいってわけではなさそうだった。
冬島はなにで迷っているのか、成績で迷っているのなら単純に勉強をもっと教えてほしいと言うだけで済む話だ。
「ごめん……こんな話聞いてもらって」
「いやっ、別にそれが冬島のお願い事ならしっかりと聞くよ」
「――――へぇ、意外とか思わなかった?」
「意外なんて思わないし、人が夢を見るのは自由だし勝手だろ?」
冬島はハッとした表情をしていた。俺の言葉がそれだけ驚いたってことでいいんだろうか。
「まぁでも、悩みっていうんだから他に何か理由があると思ってるけどね」
「それは……どうしてか聞いてもいい?」
「んー、なんか普段の冬島とちょっと違うから?」
「……ナニソレ、キモイんですけど」
冬島の凍るような冷たい態度に俺は慌てて弁明する。
彼女はギロリと軽蔑と疑いの目を向けてくる。
(やめてっ! そんな目を俺に向けないでっ)
「変な意味じゃなくて! ずっと表情が曇ってたからさ……」
「ふぅん」
「そ、そういえばさ小さい頃からって言ってたけど教師を目指すきっかけとか聞いてもいい?」
「まぁ……いいけど」
冬島はまだ俺のことを疑うような瞳をしていたので話題を変えなければと思い咄嗟に彼女が目指すきっかけを聞いた。
冬島は少し考えていたが、言う事が嫌なわけじゃないようだ。
「実はさ、うちのお母さんが高校の教師だったの」
「そうなのか? 初耳だったな」
「そりゃ言ってないから初耳に決まってるでしょ」
何を言ってるの? みたいな表情で俺のことを見てくるがそれに耐えられず目を背ける。
(そうだった……冬島と仲良くなったとは思ってたけど前よりもちょっと好感度が上がったくらいだった)
「じゃあ別に露木先生に聞かなくても、自分の母に聞けばいいんじゃないか?」
「それが一番なんだけどね……それは無理」
「どうして?」
「だって――――うちのお母さん、もう死んでるから」
衝撃の言葉だった。
俺は2,3秒止まってしまった。とても間抜けな顔だったと思う。
けれど、それぐらいに冬島の言葉は衝撃的だった。
「ご、ごめん……悪いこと聞いちゃって」
「ううん、話さないといけないと思ってたから大丈夫」
「けど」
「別に謝られたって、こういう話は何もならないでしょ?」
冬島は「本題はそこじゃないんだから」と言って苦笑いする。
その表情を見て、とても胸が締め付けられる。
「小さい頃にお母さんに憧れを抱いてたの、それは中学になっても変わらなかった」
「お母さんに憧れて教師をってことでいい?」
「まだ目指すってわけじゃないけど、うんお母さんみたいな教師になりたい」
「いいな、そういう目標というか理想があるのは」
目標とか夢とか理想とか、すべて俺にはない物だったので。すこし羨ましいとも思っていた。
でも俺と同じ歳でもうやりたいことが明確に決まっている冬島が凄いんだと感じた。
「じゃあ悩みっていうのは?」
「うちってこんな感じで、お母さん見たく優しくないし、色々教師に向いてないんじゃないかとか……」
「それはやってみないとわからないんじゃないのか?」
「それにお父さんに拒絶されるのが怖い」
冬島は確かにそう言った。
なぜ教師になるという立派な目標が拒絶されると思っているのか俺には不思議だった。
「お母さんはね仕事のしすぎで体調を壊して倒れて病院に運ばれたの、それで病院で生活するようになって」
「もしかして……」
「うん、最後まで完全に回復はせずにさよならした」
「そうか」
何も言えなかった。
慰めの言葉もなにも声をかけてやれなかった。
冬島にとってものすごく大きな存在だった母親はこの世にはもういない。
一番大事な時期に背中を押してほしい人物がもうこの世にいないのだ。
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