第38話 ボソッと言った言葉なのに聞こえているのはありえない

 今話題のホラー映画を観ることになったのだが、正直に言うと俺は全く怖くないしむしろホラー系は好んで見るタイプだ。


 一方で冬島はそうではない、ちょっと大きい音が鳴るシーンが来たとき大きく肩を震わせていた。


「大丈夫か?」


 小声で冬島を心配する素振りを見せると、彼女はゆっくりと頭を縦に振る。


(う~ん、序盤でこれならダメな気もするけど……この映画自体怖そうではないからいけそうかな?)


 ――――そう思っていたのだが、中盤から段々と驚かしてきたり、登場人物が死んでいったりしたことで、ドキッとする瞬間が多くなってきた。


 暗いのではっきりとはわからないが、冬島の瞳には涙が溜まっているように思えた。


「ふゆじ――――」


 小さく声をかけようとした時だった。

 冬島の手が俺の手をぎゅっと握ってきたのだ。


(絶対にホラー系が嫌いだったのによく頑張った方かもな)


 その力は普段とは違い、めちゃくちゃ強い。

 細いのにこんなに力がでるのかと感心したくらいには強かった。


「ひゃぁ! …………ごめん、なさい」

「大丈夫だよ、仕方ないって」

「うぅぅ……」

「ヤバかったら出るか?」


 冬島はその返事に頭を横に振ってくる。

 彼女の髪の毛が揺れるたびに、いい香りが残る。その隣に座っている俺は一番その匂いを嗅げる。


(変態みたいだけど許せ……悪いことを言ってるわけじゃないから)


 映画は結局誰一人生き残ることのないバッドエンドだった。

 まぁ内容としては驚かせようと必死って感じだったかもしれないけど俺は楽しめた気がする。


 (こっちのお嬢さんは……聞くまでもないか)


「ぐすんっ……ぐす、うう」

「よしよし、よく頑張ったな」

「バカぁ、子ども扱いして」

「悪い悪い、でも苦手なのにちゃんと最後まで観たのは偉いなって思ったぞ?」


 途中からは感動系の映画かってくらい号泣してたからな……。

 それを隣で見ているからこそ、頑張ったのもわかるし、可愛い一面だなっても思った。


 学校では空気が読めて、仕事ができるといった弱点のない人だと思っていたのが……そんな偏見はこの一日で消し飛んだ。


「ちょっと予定よりも時間あるよなぁ」

「…………うん」

「落ち着いたか?」

「うん、見苦しい姿を見せたから記憶から消して」


 冬島はそう言って見上げてくる。彼女の目は赤く腫れており、さっきまで泣いていたことが俺じゃなくてもわかる。


 先ほどの姿を忘れろと言うのは無理があるので、気持ちの入っていない返事だけはしておく。


「……ありがと」


(素直にお礼を言われると胸が痛くなるのでやめていただきたい)


「でも意外だったな、ホラーとか平気そうだと思ってた」

「昔さ、テレビで夏に怖い物特集みたいなの見たことない?」

「あーあるよ? 写真とか音声のやつ」

「うちそれめっちゃ嫌いでさ、見たら眠れなくなっちゃう子どもだったの」


 そのテレビの影響で冬島はホラー系が苦手になったらしい。


「じゃあ今日も眠れないんじゃないか?」

「眠れるから馬鹿にしすぎ」

「成長してるみたいでよかった」

「当たり前でしょ!? あの映画だって実はこ、怖くなかったし!」


 冬島が見栄を張っているというのは見え見えだったが、いつもピシッとしている彼女のこういう姿は面白かった。


「へぇ~? じゃあ全然平気だったんだ」

「そ、そりゃあそうっ」

「手をあんなに握ってたのに?」

「へ、う、うそ……うち手握ってた?」


 冬島はそれを聞いてすぐに顔が赤くなる。耳まで真っ赤になっているので相当恥ずかしいのだろう。


「じゃあさ、もう一個くらい映画見るか? 再上映してるなんだけど」

「ほ、ホラー……」

「ちなみにさっきのやつとはレベルが違うくらい怖いぞ」

「…………ごめんなさい、フツーにめっちゃ怖かったです」


 冬島は観念したのか怖かったことを認めた。

 そのあと、うるうるとした瞳で俺のことを睨んでくる。


「あんた……性格悪いわ、バカッ」

「いや、それは冬島が意外に可愛くて……いじわるを」

「可愛い……って意外とはどういうことだ? オタク君よぉ」

「あ、えっとそれは……そ、の」


 冬島はニコッとしているが全然笑っているようには思えない。

 なんか体中から殺気に似たようなオーラがあるんだが……。


「いつもこんな風じゃないから……新鮮って意味も込めててさ」

「言い訳にしか聞こえないけど、許してあげる」

「それは助かる。ありがとう……」

「せっかくのデートだし? ギスギスしてても楽しくないでしょ」


 冬島はそう言って俺の2,3歩前を歩いてくるっと振り向いてくる。


「ね? そう思うでしょ?」


 揺れる長い黒髪、少しかがんだ姿勢でこちらに向かってニコッと微笑んでくる。周りの目もその女の子は独り占めする。


 冬島美奈は桜ヶ丘の陰には隠れているかもしれない、しかし彼女自身の輝きはとても大きい。


(あぁ……俺も今この周りにいる人たちと同じ考えをしているよ)


「…………可愛い」


 ボソッと口から出た言葉はなんの含みもない純度100%の言葉だった。


「今の言葉は心の底から思ってる」

「い、いや――――その」

「あ、顔赤くなってるよ?」

「うるさいなぁ」


 そりゃあ赤くもなりますよ、ボソッと出た声が聞こえていたし、それが本心という事もわかってたから。

 

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