第33話 陰キャオタクの俺が職員室で生徒指導なんて存在しない

 俺は自分の席で寝たふりをしていた。

 周りの視線が痛いのと平然としてるのはそれでキモいからだ。


 こういう時、何が正しいか――――そう、寝たふりだ。


 そうしていると、ひそひそと声が聞こえてくる。

 なんでアイツが、桜ヶ丘たちのイケイケ集団と仲良くなってるんだよなんて聞こえてくる。


(俺だってわからないんだから、仕方ないだろ――――それに本人が一番驚いてるんだから)


 そう考えながら寝たふりをやめ頭を上げると、馬場が不機嫌そうな表情で俺の方へ近づいてくる。


 そういえばコイツは桜ヶ丘のことを狙ってるんだったかと気が付く。


「おい、オタク野郎どういうことなんだよ」

「は、はい? なんでしょうか」

「チッ、分かるだろ、なんでお前がサリーと仲良くなってるんだよ」

「そ、それは――――」


 話そうとした時、教室に露木先生が入ってくる。

 それに合わせて、生徒たちは席に座る。


 馬場は仕方ないといった表情で自分の席へと戻って行く。


(ナイス! 先生!)


 そんなことを思ってるのも束の間だった。

 露木先生から発せられた言葉は俺の想像しているものとは違った。


「えーホームルームを始める前にだな……熊谷、今日の放課後職員室へ来い」

「え……?」

「お前は生徒指導が必要らしいからな」


 先生のその言葉にまた教室がざわつく。

 ヤバいことしたんじゃね? まさか……桜ヶ丘と? なんて声が聞こえる。


(心当たりは大ありだけど決してそういうやましい奴じゃないからっ!)


「返事はどうした?」

「先生のご指導ありがたいと思っています」

「ふふん、そうだろー」

「……はい」


 まぁこうなることは予想はできていた。

 部外者があんなことをしているのだから。


「まったく、他人の家族のことに口出しするのはタブーっていうのが分からないお前じゃないだろ」

「まぁ……それはわかります」

「じゃあなんで、桜ヶ丘の父親に突っかかるようなことをしたんだ」

「だからそれはっ! …………いえ、なんでもないです」


 それは桜ヶ丘が涙を流していて、悲しそうで自分の娘を心配しない親父さんに対して腹が立ったから。


 本当に子供のような理由だった。


「とても怒ってたぞ、桜ヶ丘のお父さん、あんな生徒が一緒にいるのか! ってな」

「すみません、先生」

「私に謝らなくていい、先生というものは生徒の問題なんかも受け止めてやらないといけない存在なのは、教師になった時に知っている」

「それでも、これが俺の気持ちです」


 俺はそう言って、先生に頭を下げる。

 大事にならないのは、桜ヶ丘と先生のお陰だと思っている。


「気持ちを言ってくれるなら、愛の告白が良かったんだがな」

「何言ってるんですか……従妹同士ですよ俺たち」

「知らないのか? 従妹同士は結婚できるんだぞ?」

「いや……それを言って何になるんですか」


 俺がそう聞くと、先生は言葉を濁す。

 やめてよ、そんな乙女みたいな目で見てこないで。


「とにかくだ、お前の身に何もなくてよかったよ」

「そんなに心配することでも……」

「バカなのかお前は、今回はこの程度で済んだからよかったものの、取り返しのつかないことになっていたら、どうするつもりだったんだ」

「それは……」


 何も考えていないというよりも、考えたくなかった。

 自分が考えられる最悪なことを考えたくなかった。


「まぁ大きく間違え高校生の若者よ」

「今回は間違いだったんですかね」

「こういう行動に間違いも正解もない、先生はそう思っている。――――まぁやり方が間違いだったという事はあるかもしれんがな」

「はは、曖昧ですね」


 俺がそう言うと、先生は深くため息を吐く。


「そうなんだよ、私だって偉そうなことを言いながらまだ30年も生きていないんだ、わかるはずがないんだよ」

「たしかに……」

「私よりもこの世界に、社会に人生を過ごしていない人間が正解を見つけられると思うか?」

「それは……思いませんけど、不可能じゃないと思います」


 先生は俺の言葉を聞いて、笑いながら髪の毛をくしゃくしゃと触ってくる。


「そうだな! 先生も見つけたいんだよ人間の行動の正解をだから、人生の分岐点である高校の教師になったのかもしれないな」

「要ちゃん……ちゃんと教師になる理由あったんだね」

「何を失礼な!」

「教師になるのになにも理由がないのかと思ってた」


 案外失礼になりかねない言葉をかけてしまう。

 しかし、先生は黙って俺の方を見つめながら、ニヤリと笑いかける。


「そんな大した理由なんてあるわけないだろ」

「え?」

、それだけだよ」


 その言葉に俺は深く印象に残った。

 その言葉の余韻に浸っていると、先生が俺の方を見て、手のひらで俺を追い払うかのようなそぶりを見せる。


「な、なんですか……」

「この鍵を持って、さっさといけ」

「いや、でも説教は……」

「今回のは別に怒らなくてもいいと思っているんだ、ただ幸子さんに説教してって言われたら断れなくてな」


 苦笑いしている先生を見て、再度ごめんなさいと心のなかで謝っておく。


 鍵をもらって職員室を出ようとすると、桜ヶ丘達が俺のことを待っていた。


「話終わった?」

「あぁ終わったよ」

「んじゃ! 今日はテストの結果が返ってきたからそれを見ますか!」

「サリーちゃん、職員室前だから静かにね」


 テンションが上がっている桜ヶ丘に秋月が軽く注意する。


「冬島? どうしたんだ?」

「――――ッ、別に」


 冬島はどこか悲しそうな瞳をしていたため、声をかけたのだが軽くあしらわれてしまった。


 どこか引っかかってしまう気持ちを押し殺して、俺は準備室へと向かった。

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