第31話 いつものお礼がキス?だなんてこと存在しない

 桜ヶ丘の親父は俺の方へ鬼の形相で近づいてくる。

 そして、俺の胸倉を掴み無理矢理に立たせる。


「その話がもしも本当なら、お前を許さないし、この手でいくらでも殴ってやる」

「できるじゃないですか、娘の心配」

「――――ッ! お前は私のことを馬鹿にしているのか?」

「してないですよ、梨々香さんが泣いてましたよ」


 俺がそう言うと、親父さんはピタッと止まる。

 石像のように固まり俺の次の言葉を待っている。


「自分は道具としてしか見られていないんじゃないかって、涙を流してましたよ」

「そ、そんな……梨々香」

「でもちょっと安心しました、ちゃんと心配できるじゃないですか」

「う、上からと物事を……」


 親父さんはものすごく動揺していた。

 桜ヶ丘が泣いていた、この言葉が親父さんをさらに動揺させ色んな感情が混ざっている。


「別に他人の家庭に口出しするつもりはないんです、でも彼女はあなたに見てもらいたいんですよ!」


 俺がそう言うと、親父さんは遮るように口を開き大きな声を出す。


「うるさぁい! まずはお前が梨々香に手を出したかどうかを聞いてるんだ!」

「してないですよ、俺にそんな度胸はありません。信用できませんか? また殴りますか?」

「――――ッ!」

「いいですよ、俺は別に殴られても……恰好はつけた方が主人公っぽくていいじゃないですか」


 桜ヶ丘の親父さんは右手を振り上げる。

 今度はしっかりと握りこぶしを作っている。


(あ、まって……今度はグーパンなの? それは話が違うでしょお父様)


 この時俺はさっきの痛みの倍ではすまないだろうぁ……と考えてた。


「やめてぇぇぇ!」


 桜ヶ丘が悲鳴にも似た大きな声で親父さんを止める。

 俺と親父さんはその声に振り向くと、同時にびっくりしたと思う。


 ――――彼女は、


「説教はちゃんと受けるから、30分だけ時間を頂戴」

「…………わかった、30分だな」

「うん、ありがとうパパ」

「あぁ……り、梨々香その大丈夫か?」


 親父さんの言葉に桜ヶ丘はコクンと頷く。

 俺は腕を引っ張られて、桜ヶ丘に連れてかれる。


(俺は何をしてるんだ……こんなことには)


 過去一に空気の悪いこの状況で外を歩いている、そしてさっきの続きと言わんばかりに桜ヶ丘が口を開く。


「どうしてあんなことしたの?」

「え……?」

「どうしてあんな嘘をついたか聞いてるの!」

「それは……でも親父さん桜ヶ丘のこと心配してたな」


 そう言うと、桜ヶ丘は俺の胸に頭をくっつけてくる。

 そして涙交じりの震える声で口を開く。


「バカぁ、アタシは自分より友達が傷つけられる方が悲しいのっ」

「ごめん、勝手なことして」

「まじそれ! ばかばかばかばかっ!」

「でもな……俺も友達が目の前で叩かれて、昨日の夜には涙を流してた女の子を黙って横で見てられる男じゃなくてよかったとも思ってる」


 俺がそう言うと、桜ヶ丘は目を丸くしたあと次第に頬を赤く染めて、口許も緩みまくっていた気がする。


「嬉しいよ、すごく嬉しい――――けどそれと同じくらい悲しいんだ」

「そっか……」

「うん、まぁ今回はオタのくさいセリフを聞けたので良しとしよう」

「その、解決の仕方はやめてくれ……」


 ニシシっと笑う桜ヶ丘に翻弄される、これがいつもの俺たちという事を認識した。


「オタに友達と思われてるとはねぇ」

「別にいいだろっ」

「アタシと本当はシタかった?」

「な、なに言って……」


 俺がその返答に対して困っていると、桜ヶ丘は耐えれなくなったのか、お腹を抱えて噴き出した。


「あはははっ! もう無理! じょーだんじょーだん」

「なっ!?」

「オタ考えすぎだし、顔赤くなりすぎ、そんなにアタシとねぇ?」

「うるさい、別にしたくなかったし、咄嗟についた嘘だし」


 俺は背一杯のアピールをする。

 しかし桜ヶ丘は信じていない様子だった。


「そういえば叩かれたところ、大丈夫? 痛くない?」

「あー、まぁヒリヒリするくらいかな?」

「マジ心配したんだからねー?」

「ごめんよ」


 俺が謝ると桜ヶ丘は俺の両頬に手を添えてくる。

 白く冷たい手が先ほど叩かれた場所に触れて気持ちがいい。


「オタのばか、頭いいのにわからないのか! 絶対に心配するってことが!」

「悪いな、俺は友達作りは赤点なんだろ?」

「――――ッ! そうだね、なら仕方ないか」

「あぁ――――だから今日みたいに間違ってたら教えてくれ」


 俺がそう言うと、桜ヶ丘は首を横に振る。


「間違ってないよ、やり方は正直嫌だと思ったけど、アタシの為にしてくれたことってすぐにわかったし、ちょー嬉しかったのそれは間違いないよ」

「そうか……」

「オタの優しさがアタシの為になってるんだよ」

「優しさというよりも自分勝手なだけだったけどな」


 俺がそう言うと、桜ヶ丘はムッと頬を膨らませて顔を近づけてくる。


(こんな道端でそんなに近づいてくるな!)


 心の中でそう思いながらも、桜ヶ丘は俺の顔に鼻が当たるんじゃないかってくらい近づいてくる。


 俺は本能的にそっぽ向く。


「オタがそういう人っていうのはわかるけど、マジ優しいから」

「じゃあ素直に受け取っておくよ」

「そうして、それと……目つぶってくんない?」

「め? どうして……」


 俺が疑問に思い聞くと「いいからっ」と半ば強引に目を閉じさせられる。


 そして頬に柔らかい感触と離れた時のチュパというリップ音が耳に響いた。

 慌てて目を開けると、桜ヶ丘が赤面しながら上目遣いでこちらを見てくる。


「これも受け取っておいてね、いつもありがとうのお礼」

「これって……その」

「今はこんなのしかできないけどね」

「いや、あの……」


 なにも言う事が出来ずにまた来た道を戻って行く。

 俺の手を引っ張る彼女の耳が真っ赤に染まっていたのを後ろから見ていた。


(あの柔らかい感触は……唇なのか? じゃあ俺にキスを? いやいやいや――――正解はなんだ、教えてくれよ)


 俺はこのドキドキと悶々とした気持ちが残った。


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