第29話 彼女の誘いを断れるなんて選択肢は存在しない
俺はシャワーを浴びながら考え事をしていた。
桜ヶ丘の話を聞いて、何かしてあげたいけれども、何もできない自分がいた。
話を聞くなんてものは、誰にでもできる。
友達として、桜ヶ丘の力になりたいと感じた。
彼女のあんな表情や涙を見たら、何か……。
そう感情が高ぶるが、シャワーの水にそんな思いを鎮めてもらう。
「幸也」
シャワーから上がると、母さんが腕組をしながら俺のことを待っていた。
「母さん、どうしたの?」
「アンタがしようとしてることぐらい、わかるわよ」
「――――ッ! べ、別にしようとしてることなんて」
「やめとけとは言わないわ、けれどそれは梨々香ちゃんの問題でもあるんだからね?」
わかってるよね? という意味を込めているであろう言葉を送られる。
俺にもそのくらい理解している、家族間の問題に他人がどうこう言うべきではないと。
「うん……わかってる」
「本当かしらねぇ」
「それに桜ヶ丘のあんな表情は見たくないんだ」
「幸也……あんた前より全然マシな男になったわね」
母さんはそう言いながら俺の頭をわしゃわしゃと雑に撫でてくる。
せっかくお風呂上りでサラサラになっているのに、やめてほしい所ではある。
「てか、前はどんな男だったんだよ」
「ん? アンタを相手にする女の子は見る目がないと思うくらいには酷いと思ってたわよ」
「実の息子に言って良いセリフじゃないだろそれ」
「だってあの時のあんた、目は死んでるわ身だしなみに気を遣わないわ、口は悪いわとか、色々改善した方が良い所あったんだもん」
そう言いながら呆れた表情で俺のことを見つめてくる。
しかしその瞳も優しく柔らかいものとなる。
「幸也、やるならやりなさい」
「母さんに迷惑かけるかもしれないよ」
「子供のしたことを迷惑なんて思う親はいないのよ。それにお父さんなら、構わずやってるわよ」
「そうかな?」
確かに俺の父親は勢いのある人だし、元気も有り余ってるって感じだけど真面目だからそこまでじゃないか? とも思ったが母さんの表情を見る限り違う。
「やってるわよ、あの人ならね……そんなところに惹かれたのもあるからね」
「母さん……それ聞くの俺は恥ずかしいんだけど」
「なっ! 自分の親の恋愛を聞きたくないとは、私たちの血を継いでるんだから、アンタも似たようなものだから聞いといて損はないのに」
「あのなぁ……」
(自分の親の恋愛を聞くのがどれだけ恥ずかしいかを知らんのか!)
「ていうか、母さんは俺が何をしようとしてるかわかってるの?」
「どうせ梨々香ちゃんの親に文句の一つや二つ言おうとしてるんでしょ」
「な……なんでそれを」
「だから分かってるって言ってるでしょ?」
母さんはそう言って、真剣に俺の目を真っすぐと見てくる。
「冷静でいなさいよ」
「冷静?」
「あんた今も熱くなってそうだから」
「そ、そんなこと……」
冷静でいろ。確かに俺は桜ヶ丘の涙を見てから行き場のない怒りに似た感情を覚えている。
そのあと母さんは俺のことをなにも言わずに抱きしめて、自室へ戻って行った。
その日はあまり眠れなかった。深夜にシャワーを浴びてしまったからだろう。
◆
「あ、起きて来た! おは~」
「お、おう……早いな」
「それはオタもでしょ!」
「そうだな」
桜ヶ丘はもう既に髪の毛がくるくると巻かれており、昨日とはまた違う雰囲気だった。
(まぁ、いつも通りに戻ったと言った方が良いのか)
「ほんっとうに、ありがとうございました!」
「いいのよ~、また遊びにいらっしゃい」
「いいんですか?」
「えぇ、もちろんいいわよ」
桜ヶ丘はそれを聞くとニコニコと満面の笑みで母さんをお辞儀をする。
寝顔といい、この満面の笑みといい、昨日と今日だけで彼女の可愛らしい部分が浮き彫りになる。
「幸也送って行ってあげなさい」
「うん、わかった」
「え、いいよ! 申し訳ないし……」
「梨々香ちゃんになにかあったら、こっちが問題になっちゃうから幸也に送らせてあげて?」
母さんがそう言うと不満そうだったが、渋々了承したようだった。
「じゃ、じゃあよろしくね?」
「任せとけとは言わない」
「あははっ、なにそれ」
「残念ながら屈強な男ではないんでね」
俺がそう言うと桜ヶ丘は笑った。
それが心の底から笑っているように思えた。
「夜は危ないけど、朝ならまだ大丈夫だと思うけど幸也ちゃんと梨々香ちゃんのこと送るのよ」
「わかってるよ、それじゃあ行って来るよ」
「うん、行ってらっしゃい」
「お邪魔しましたっ!」
母さんに出かけることを伝えて、俺たちは桜ヶ丘の家に向かう。
「まじ感謝だわ……ありがとね?」
「だから別に――――」
俺は桜ヶ丘の手が震えているのが見えた。
元気よく見せてはいたけれど、本当は心の中で不安で押しつぶされそうになっていたのだ。
「ははは……ウケるよねこんなのアタシじゃないっていうかさ」
「別にウケねぇよ、それにそういうのがあった方が人間味があっていいじゃん」
「ねぇ、それさーアタシのこと人間じゃないとか思ってたの?」
「そういうことじゃない、ただ強い子なんだなっては思ってたからそのイメージがちょっと剥がれたくらい」
俺がそう言うと妙に納得したのか、なにも言ってこなかった。
すると、俺の右手が桜ヶ丘の左手に握られる。
「――――ッ! な、なにして!」
「もっと人間味が出たでしょ? お願い、少しの時間だけでもいいから繋いでて」
上目遣いから、曇った表情を前に「嫌だ」とは言えなかった――――言えるはずがなかった。
それに桜ヶ丘の耳が赤くなっているのを見て、悪い気はしなかった。
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