第26話 実の娘が道具なんてそんな親存在しない!

「すみません、お風呂先に貰っちゃって」


 そう言いながら、お風呂から戻ってきた桜ヶ丘が髪の毛にタオルを当てていた。


「あらら、いいのよぉ~、あとは二人でゆっくりしてね~」

「あ、ありがとうございます……」

「いいのよ、おばさんはさっさとお風呂に入りますね」

「ゆっくりしてきてくださいね」


 桜ヶ丘がヘナっと申し訳なさそうに微笑む。

 お風呂を先に頂いたのと、急に家に泊まってしまった申し訳なさの笑みだ。


「あ、そうだ……ドライヤー貸してもらえない?」

「洗面台の下に入ってると思う」

「ありがとー、借りるね」

「おう」


 桜ヶ丘が髪の毛を乾かしに洗面台に行く。

 彼女のパジャマ姿は案外可愛らしかった。


 ピンク色のパジャマの上下のセットだった。

 胸元が少し緩いためチラ見えしそうになってしまうところがもどかしい。


「ふーごめんごめんっ、それで何する?」

「まぁゲームでもするか……」

「うん……そうしよっか」

「まぁ、話したいことがあったら言ってくれ」


 俺は聞きたいこともあったが、桜ヶ丘の口から聞くまではそっとしておこうと思った。


「うりゃ! ここでしょ! ここがいいんでしょ!」

「こ、言葉だけ聞くとなんかいやらしいな」

「うわぁ、オタなに妄想してるの!」

「悪い悪い」


 俺はフッと笑いながら桜ヶ丘が使っているキャラの頭を打ち抜く。


(しかし、いつもよりガンガン来ないな……)


 やはり、落ち込んでいるのだろうかと考えてしまう。

 前まで人のことなんて勝手にどうにかするんだからと心配とかこんな気持ちにはならなかったのに……。


 自分も変わったなと思ってしまう。


「オタはさ……聞かないの?」

「何がだよ」

「その、なんで泊まらせてほしいのかとか、幸子さんから聞いた?」

「別にそんな聞いてねぇよ、ただ――――桜ヶ丘のことを心配してたって」


 俺がそう言うと、表情を曇らせる。

 心配してた桜ヶ丘にとってこの言葉は、良い言葉ではなく悪い言葉ではなかいかと俺は感じた。


「あと、母さんに言われたのは、お前の話をちゃんと聞いてやれって言われたな」

「アタシの話を……?」

「あぁ、俺に話したところでって感じなのにな」

「そ、そんなことないっしょ! アタシはそーいうの、マジ助かる……」


 桜ヶ丘は俺の言葉に大きな声で否定して、逆に助かると言ってきた。


 (こういうのは俺みたいな陰キャオタクじゃなく、イケメンラノベ主人公みたいな奴の出番だろうが!)


 モブキャラに勘違いをさせてしまう物語程、悲しく滑稽な物はない。


「ようし、もう一戦やるか!」

「……まってくんない?」

「え?」

「聞いてくれる? アタシの話」


 桜ヶ丘はそう言いながら真剣な眼差しを向けてきた。


「アタシの家はさ、結構裕福で厳しい家庭だと思うの……自分で言うなって感じだけどさ」

「別にいいんじゃねぇの、そういうのを言うのは人の勝手だろ」

「それで、私はいっぱい習い事をさせてもらったのね」

「いいじゃねぇか、習い事」


 しかしそれが良いこと、というわけじゃないのは桜ヶ丘の表情を見てすぐに理解した。


「小さいときから、習い事で友達と遊んでた記憶なんてほとんどないんだ……、遊ぼうにも親の許可が必要だったし、ママはアタシの味方だったけどパパが一番の家庭だからさ」


 桜ヶ丘のその言葉に俺は頷くことしかできなかった。

 何も言えない、俺が何か言うのはおこがましいと思った。


「中学生の時なんか、表面上の友達しかいなかった――――だから高校生になったらたくさん遊ぼうと思ってた」

「それで、金髪に染めたのか?」

「してみたかったってのもあるけど、うん――――お父さんへの反抗って意味でもある」

「犯行ね……」


 桜ヶ丘は自分の髪の毛を優しく触った後、眉が下がる。


「それのせいでお父さんにはぶたれたけど、別に痛くなかった」

「大丈夫なのか? それ……」

「別にめちゃくちゃ前のことだから大丈夫だよ!」

「そうか、それならいいよ」


 俺がそう言うと、なぜか桜ヶ丘は目を丸くしていた。

 そのあと、顔を隠すように下を向いていたが、悲しそうではなかったので安堵した。


「はぁーあ、自由っていいなって高校生になってから思う事がいっぱいある」


 そう言いながら、天井の照明の光を掴むように手のひらを上に向けている。


「今日はさ、久々に喧嘩したの」

「喧嘩?」

「いつもさ、その口も利かないしほとんど無視してるんだけどさ……今日に限っては許せなかった」

「何を言われたんだよ」


 俺がそう聞くと、桜ヶ丘は口をきゅっと噛み締めるように話し始める。


「アタシがこういう風になったのは、高校の友達のせいだとか転校させるのもいいかもなとか言い始めたの……」

「て、転校っ!?」

「それでアタシもパパにつっかかって、ワーッと言いたいこと言ったの、そしたらなんて言ったと思う?」

「さ、さぁ……想像ができない」


 桜ヶ丘はニヘラッと最大限の笑みだった。

 いつもの笑顔とは違い、頑張った笑顔だった。


 こんな悲しそうで、辛そうな表情を笑みとは呼びたくなかった。


「ビンタして、うるさい近所迷惑だとは思わないのかだってさ……たしかにうるさかったけどさ、酷くない?」

「あぁ、それは――――」

「…………酷いよ」


 最後のそのボソッとした言葉に俺は聞こえないフリをした。


「アタシのことを道具としかみてないのかな……」


 桜ヶ丘はそう言って、瞳から一粒雫が頬を伝っていった。


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