第24話 母さんに隠しごとなど存在しない!
「お前なぁ、泊まりたいって男の家にはさすがに無理があるだろ」
「仕方ないじゃん、今日は家に帰りたくないんだから」
「何が仕方ないんだよ……」
「いいでしょ? 無理?」
桜ヶ丘が目で訴えてくるが、これに関しては無理と言いたい。
なんの責任も取れないし、そもそも男の家に二人きりというのもダメだと思う。
「冬島とか秋月とかはだめなのか?」
「ダメっていうか、女の子の知り合いは家族に知られてるから嫌だ」
「嫌だって……あのなぁ」
「と、とりあえず、中に入ってもいい?」
とりあえず泊まることを許したわけではないが、玄関に待たせておくというのも悪いし、中に上がってもらった。
「とりあえず……ゲームするっしょ?」
「何がとりあえずかわからないんだが」
「えっと、あはは……そうだよね」
「まずはこの後のことを決めないといけないだろ!」
俺は声を大きくして言う。
桜ヶ丘は真剣な眼差しでこちらを見てくる――――それはどこか寂しそうな目をしていた。
「そう――――だよね、ごめんね……」
「あ、いや……そんなに強く言うつもりはなくて」
「自分勝手でバカみたいだよね」
「まぁ頼る相手は間違ってるけど、何か事情があるんだろ?」
俺が桜ヶ丘の言葉に対してそう言うと、彼女の瞳がゆらゆらと揺れているように感じた。
「俺一人じゃ判断できないからなぁ」
「そういえば、オタの両親は?」
「いないよ」
「え――――あ、ご、ごめん……」
桜ヶ丘は俺の言葉にシュンとした態度をとる。
絶対に何か誤解をしていることに気が付いた。
「いや、いないっていうのは家にいないだけだぞ」
「あ、そういうこと……勘違いした」
「仕事が大好きだからな母さんも父さんも」
「そうなんだ、寂しい?」
桜ヶ丘は俺にそう質問してくる。
少し小首を傾げて聞いてくるその仕草はまさにラノベのヒロインそのものだった。
俺がここで寂しいなんて言ったら、ハグの一つや二つやってくれたりなんて考えていた。
「別にあんまり考えたことないよ、いちいち口出されないことは気楽かもね」
「そっか……それは楽だね」
「あぁその分、料理とか自分でやらないといけないからそういうのは大変かもな」
「なるほどね……だからオタ料理上手なんだ」
桜ヶ丘は妙に納得していた。
父さんは海外で母さんは出張が多く、会社での泊まり込みが多い。
だから俺は一人でも大抵の家事ができるように母さんに小さい頃からみっちり鍛えられている。
――――そして少し間が置いてから、桜ヶ丘が口を開く。
「こういう時にさ……こういうのはダメなんだろうけどさ、羨ましいなって思う」
「親からの干渉がないのがか?」
「…………うん」
「そうか」
深くは聞けなかった。
桜ヶ丘が何を思っているのか、彼女の心に踏み込んでいいのかわからなかったから。
「とりあえず、お腹空かないか?」
「え――――まぁ少し?」
「カップラーメンでも食べるか」
「いいの!? ――――って、この時間にカップラーメンは極悪なんだけど」
そう言いながらも、ちゃっかりカップラーメンの封を開けている彼女が可愛らしく思えてしまう。
「いいのか? 極悪なんじゃないのか?」
「アタシは不良女なんで」
「そうだったな、不良だった」
「うん」
そう言いながら、カップラーメンにお湯を入れ、三分待つ。
その間、俺たちは一言も話すことなくただじっと出来上がるのを待っていた。
「これこれぇ! この身体に悪そうな味がたまらなく美味しいの!」
「さっきまで食べるのを渋ってた人の言葉じゃないな」
「うるさいし、美味しい物は美味しいの、それに嫌なことあったから尚更ね」
「そ、そうか……」
その言葉で一気に雰囲気が悪くなる気がするのだが、桜ヶ丘はまったく気にしていない様子だった。
「俺の親がいたら、泊まれるか聞くんだけどな」
「え、いいの?」
「親がいいって言ったらな、でも今いないし、多分無理だぞ」
「こういうイベントの時は大抵なにかあるっしょ!」
何かってなんだよ、そうツッコミを入れようとした瞬間だった――――。
ガチャリと玄関の扉が開く。
その奥から聞こえてくるのは、少し甲高い年相応の声だった。
「ただいまー! 幸也! ビールとおつまみ持ってきてぇ!」
玄関からその言葉が聞こえ、俺は苦笑いしながら玄関に向かう。
そこにはくたびれた、女性の姿が――――そう俺の母親が帰ってきたのだ。
「お、お帰り……母さん」
「うん、ただいま、それとお母さんに何か言う事あるでしょ」
母さんに隠しごとは通用しない。
桜ヶ丘にとっては、泊まれるチャンスかもしれないが、俺にとっては母さんに殺される未来が待っているかもしれない。
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