第20話 オタクに掛け声なんてものは存在しない

「あのさぁ……」


 一緒に帰っている途中で、冬島が口を開く。

 冬島はため息交じりに言って来る。


「一緒に帰ってるのに、どうしてそんなに離れて歩いてるわけ?」

「うっ…………そ、そんなこと言ったって、恥ずかしいし」

「うちと歩くのは恥ずかしいってわけ?」

「ちがっ! そ、そういういわけじゃ!」


 そう、俺は一緒に帰ろうと言われたにもかかわらず、冬島の3歩後ろを歩いていた。


 冬島と歩くのが恥ずかしいのではなく、女子と一緒に帰るなんてどうしたらいいのかわからないのだ。


 俺は慌てて弁明する。

 すると、冬島はため息を吐きながら、俺の方へ近づいてくる。


「前も一緒に帰ったじゃん」

「あれは……別にこう、約束してないし不可抗力と言いますか」

「なんでだし」

「慣れてないんだから、仕方ないだろ」


 俺がそっぽ向きながらそう言うと、ジッとこっちを見つめてくる。


「なんだよ?」

「う、うちだって、こうやって男の子と約束して二人きりで帰るの初めてなんだから……一緒でしょ」

「――――え? 初めてなの?」

「――――うん」


 驚いた。冬島ほどの女子が男子と二人きりで帰るのに初めてというのにびっくりした。


 経験人数なんて俺が想像できないほどいると思っていた。

 たぶん本人に言ったら、殺されるけど。


(でも、そうか……冬島も初めてなのか)


 となると、誘った相手は俺が初めてってことか……?

 それを考え、より緊張する。


「きゅ、急に……どうしたんだ?」

「え?」

「一緒に帰ろうだなんて、なかったろ」

「ま、まぁそうだね……」


 冬島はそう言うと、ふぅっと一息つく。


(なんだなんだ? この異様な雰囲気は)


 まさか、告白でもされるのか? 俺はそんな確率の低い淡い期待を胸に込めていた。


「あのさ……やっぱりうちにも目標を設定してほしいなって思って」

「え……だから赤点回避って」

「うちは今回一番勉強してるし、赤点回避は余裕だと思うから不公平な気がするから」

「不公平って……あのなぁ」


 そう言うと、冬島は目を細めて睨んでくる。


「うちも公平になるような、目標が必要だと思うの」

「わ、わかったから、そんなに睨んでくるなよ」

「じゃあうちに目標を立ててくれない?」

「う~ん、何がいいだろうな」


 赤点回避ではなく違う目標を考えてくれと言われても俺には思い浮かぶものがなかった。


 しかし、ここで何もないというと、冬島に怒られるというか失望されそうだったので、必死に考える。


「冬島……お前この間のテストの順位どのくらいだ?」

「300人中の200位くらい」

「おぉ、結構いいじゃん」

「いいよ、学年一桁のお世辞いらない」


 褒めたのに返ってきたのは辛辣な言葉だった。

 少し心にチクッととげが刺さるが、気にしない。


「じゃあ目標は150位以内」

「なっ! ば、馬鹿じゃないの! いけるわけないじゃん」

「まだわかんないだろ? テストやってもないのに」

「そ、それはそうだけど、大体の予想は必要でしょ」


 冬島はかなり弱気なことを言って来る。

 いつもの勢いや振る舞いはなく、シュンッとしている。


「そんな、50位も上げるなんてこと……」

「んじゃー、30位上げて、170位以内ってのはどうだ?」

「それならなんとか……まぁ」

「じゃあ決まりだな」


 冬島だけは170位以内になったら、ご褒美ということになった。

 彼女の正義感というか、スポーツマンシップ的なものがあるのだろう。


 しかし、先ほどまでの冬島とは違い、どこかすっきりしている顔をしている。


(不安というか、気になっていたものが取れたみたいな顔してるなぁ)


 俺はそう思いながら、冬島の顔を見ていた。


「よし、頑張れるかも」

「そりゃよかった」

「うん、ありがと」

「別に礼を言われるようなことは一切してないよ」


 へへっとはにかむように笑う冬島に、少しドキッと胸が跳ねたのは、多分夕焼けが綺麗だからだ。

 決して冬島にドキッとしたわけじゃない。


「うひゃ~、テストかぁ……」

「あのあと勉強した?」

「したよー、さすがにね?」

「アタシもしたかんね? てかするっしょ」


 桜ヶ丘、冬島、秋月の三人が下駄箱の前で話しているのが聞こえてくる。


 そして、桜ヶ丘が俺の姿を確認した後、手をブンブンと振ってくる。


「お、おい! 目立つからやめろっ」

「え? あぁ……ごめんごめんっ」

「どうしたんだよ、早く教室行けよ」

「いやぁ、なんか教室だと落ち着かなくてさ」


 この時間も勉強に回せば、そう思ってしまうが、たしかにテスト直前というのは勉強なんか頭に入らない。


 そのため、俺は深呼吸やトイレなどに行き、心を落ち着かせている。


「まぁ、焦りは禁物だからな、三人とも頑張れよ」


 俺がそう言った時、三人がジトっとした目で見てくるのがわかった。


「三人? 違うでしょ?」

「そうです、なんで幸也くんは自分のことを入れないんですか!」

「そーそー、ミーとアッキーの言う通り、三人じゃなくて、!」

「うげぇっ! いってぇな!」


 俺は桜ヶ丘に思い切り背中を叩かれる。


(思いのほかめっちゃ痛いぞ……)


「ほら手だして」

「え?」

「ほら早く!」

「お、おう……」


 言われた通りに手を出すと、そこにみんなの手が重なっていく。

 これはあれだ、エイエイオーと声掛けをして気分を上げるあれだ。


「いくよーえい、えいっ」

「「「おー!」」」

「…………おぉー」

「オタだけ遅いのウケんだけど」


 桜ヶ丘が最初に吹き出し、次々に笑いの連鎖が起こっていく。

 緊張がほぐれたならいいが、なんてことを思いつつ教室へ向かう。

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