第18話 この勉強会にやましいことなんて存在しない

 テスト数日前、準備室のかぎを開け、一人でみんなが来るのを待っていた。

 ガチャリと扉が開くが、俺はその人物にがっかりにも似た感情を覚える。


「何しに来たんですか、露木先生」

「よぉー、熊谷、よぉーやっとるか」

「そんなお爺ちゃんキャラ似合わないっすよ」

「最近漫画のキャラにハマってな口調が似るときがあるんだ」


 はははと笑っているが、そんな口調が出たら生徒から笑われるだろ。

 結構先生にとって致命的なのではとか思っているが、露木先生はこんなんでも学校で人気の先生なので、大丈夫なのだろう。


「それで、何しに来たんですか」

「んー? ちょっと観察をな」

「なんのですか」

「お前がちゃんとやってるかだよ――――ってそんなことより、はまだなのか?」


 露木先生は、退屈そうに言いながら俺の方を見てくる。


(ん? あいつら?)


 露木先生には、相談とかそういうのしてないはずなのに、なんで俺が桜ヶ丘以外に教えてるの知ってるんだ?


「せ、先生? なんであいつらなんですか?」

「だって、冬島や秋月にも勉強を教えてるだろ」

「な、なんでそれを……」

「まぁまぁ、いいじゃないか、隠す必要はないだろ」


 そう言いながらぽんぽんと肩を叩いてくる。

 隠す必要はないが、言う必要もないのではと思う。


 すると、露木先生はニヤリとした表情で口を開く。


「それとも言えないことをこの教室でやっているのかな? この準備室で」

「――――なっ! い、言えないことなんて何もしてないですけど」

「えぇ~? 本当かなぁ?」

「ほ、本当ですよ! だ、大体言えないことって何ですか!」


 俺がそう言うと、露木先生は身体をくねくねとさせて、言って来る。

 この動きが絶妙にきもくて、こういうところを見られたら、この人の印象ダウンだろうなって思った。


「高校生の女の子と……危ない遊びさ」

「……先生がそれを言うのやめてください」

「冗談じゃないぞ? 普通にこういう時期にあるんだから…………そういうめんどくさい問題が」

「…………なにか、前にあったんですね」


 俺はそう言って、先生のことを苦笑いしながら憐れむような目で見る。


「男子が一人で女子生徒が三人、ケッ、ハーレムかよクソが」

「普通にそれ暴言でしょ」


 先生は目を細めながらギロリと睨んでくる。

 俺はその目つきにゴクッと生唾を飲み込む。


「――――でも安心したよ」

「え?」

「お前がなにか打ち込めるものが見つかって」

「元々俺は、趣味に打ち込んでます」


 俺が口を尖らせながらそう言うと、先生はフッと鼻で笑う。


「そういうことじゃないよ」

「な、なにがっすか」

「学校で打ち込めるようなものができてってことだ、いつものお前は本当につまらなそうに学校に来て、それなりにテストで点をとって、つまらなそうに帰ってたからな」

「…………そういう時期もありましたね」


 俺がそう言うとジトっとした目で「つい最近までずっとそんな感じだったろ」みたいな目で見られる。


 露木先生はめちゃくそデカい溜息を吐きながら、俺の頭をわしゃわしゃと雑に撫でてくる。


「今のお前は少し楽しそうで安心したって意味だ」

「そ、そうですか」

「それに今の顔の方が前の世界滅亡みたいな顔より幾分かマシだぞ」

「世界滅亡って…………」


(先生が俺に対して抱いていた感情は本当なんなんだ? てかこの人、心配してるのかからかおうとしてるのかどっちなんだよ)


「そういえば、あの三人はどうだ? いけそうか?」

「いけるんじゃないですか?」

「おぉ! そうかそうか」

「先生が簡単な問題にしてくれれば」


 俺が冗談交じりに言うと、肩を叩かれる。

 ムッとした表情を送ると、当然だと言わんばかりだった。


「あれー? つゆっちどしたの」

「ん? あぁ、ちょっと話してただけだよ」

「あ、もしかして今日はつゆっちも教えてくれるとか?」

「それいいかも、サリーナイス提案」


 そう言って、盛り上がっている所に露木先生が割り込むように口を出す。


「残念ながら、私は忙しいんだ、ほら熊谷に教えてもらえ」

「えぇー、つゆっちもいた方が良いよー」

「なんだ? 熊谷じゃ嫌か?」

「嫌じゃないよ! オタめっちゃ教え方上手だもん」


 その言葉を聞いた露木先生が俺のことをニマニマした表情で見てくる。


(おい、なんだなんだ、その表情は……別に嬉しくなんて)


「時間のあるガキとは違うのだー」

「ガキじゃないもん!」

「ははっ、私から見たら高校生なんてガキだよ」

「まぁ、先生の年齢から見たらガキぃ!?」


 俺がそう言い終えると、頭にバインダーがぶち当たる。


「ぼ、暴力だ……」

「すまん、滑ってしまった……許せ」

「滑って、頭にこんな勢いでぶつかるか!」

「あー、うるさいうるさい、じゃあみんな頑張れよ」


 露木先生はそう言って、手をひらひらと振りながら準備室を出ていく。


「オタ大丈夫?」

「ま、まぁ……慣れてる」

「慣れてるって、ウケるんだけど、つゆっちと毎回あんなことしてんの!」

「そいつがつゆっちのこと煽るのが良くない」


 桜ヶ丘は笑い、冬島は的確に俺の悪い所を指摘してくる。


「そうですねー、女性に年齢はダメかな? 露木ちゃんくらいの歳は絶対気にしてると思いますよ?」

「秋月が一番ひどいと思うのは俺だけ?」

「うるさい、自分が悪かったことを認めろ」

「うぐっ……はい」


 冬島はそう言って秋月のことを守る。

 俺は秋月に肩をポンポンとされる。


 なんか今日は不憫な気がするのは気のせいだろうか。


 ――――でも、不思議とこの場所、この時間、このメンバーが嫌いではないと感じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る