第9話 こんな陰キャボッチの俺が修羅場を経験するなんて存在しない

 俺の生活は少し前から変わった気がする。

 別に大きく変わったとかではないが、学校に行くと桜ヶ丘と目が合う事が多くなった。


 桜ヶ丘は今日も色んな人に囲まれている。

 本人も疲れるって言ってたけど、やっぱり、一緒にいるときは楽しいんだろうな。


 そんなことを考えているとパチッと桜ヶ丘と目が合う。


(やべっ……! 目が合ってしまった)


 反射的に目を逸らしたのだが、気づかれてるか?

 そう思い、恐る恐る顔を上げると桜ヶ丘が目の前に来ていた。


「なんで目逸らすのさ」

「いや、べ、別に……? なんとなく」

「なんとなくぅ?! そんな理由で逸らされる身にもなれこのっ」

「わ、わかったから肩を小突くな」


 桜ヶ丘に何とか言い聞かせて、自分の席に戻るように促す。

 戻ってはくれたものの、桜ヶ丘の仲良しグループの人たちが「え、なにあれ」みたいな目で俺たちのことを見てくる。


(そ、そりゃそうだろっ、俺みたいなボッチ陰キャオタクとリア充ギャルだぞ!)


 端から見たら、ギャルに襲われている陰キャみたいな構図になっている。

 クソ……やけに目立ってしまった。


 ボッチ学生のお昼は悲しい。

 教室で食べようにも、自分の席の周りで集団が食べ出したら気まずいので、俺はこうして、校舎裏の誰も寄ってこないような場所で食べている。


 ――――すると、穴場のはずの校舎裏の陰から声がする。


「てかさー、今日サリーがアイツと話してるのびっくりしたわ」

「あーえっと……熊谷幸也くん、だっけ?」

「そーそー、名前知らんけど、そんな感じのやつ」

「たしかにビックリはしたけど、サリーちゃんなら普通かなって思ったよ?」


 俺の名前が出て、ぎゅっと胸が締まる。

 そしてやはり俺みたいな奴と劣等感みたいな感情が出てくる。


(同じクラスだがやっぱり覚えられてないか)


 この二つの声の主は冬島美奈ふゆじまみな秋月穂波あきづきほなみである。

 俺のことをアイツと呼んだのが冬島美奈で名前を知っていたのが秋月穂波だ。


 どちらも桜ヶ丘といつも一緒にいる、お馴染みのメンバー。


(せっかくのご飯なのに……美味しく感じない)


 俺はこの場から立ち去ろうとした時だった――――。


「でもさ、最近付き合い悪いの何かあると思うんだよね」

「う~ん、あんまり詮索しない方がいいんじゃないかな?」

「あっきーは気にならないの?」

「気になるけど、さりーちゃんのことでしょ?」


(もうすこし、この会話を聞いておくか……)


 周りからどう思われているのとか、そういう話を諸々と聞けるかなと思い、俺は留まることにした。


「だって、今までしてこなかったのに、テスト対策とか言ってたんだよ?」

「そ、それは気になるけど……」

「でしょ!? それになんか楽しそうだったし」

「それはわかる」


(そうか、桜ヶ丘は嫌々勉強会に参加しているわけじゃないんだな)


 俺は二人から盗み聞き……じゃなく、聞こえてきた内容かちょっと安堵する。


「なんか寂しいよねー」

「まぁ、テスト終わるまでは我慢なんじゃない?」

「そっかー」

「ほんとみーちゃんは、さりーちゃんのこと好きだよね」

「アッキーのことも大好きだよ、二人とも好き」

「ありがとうー、私もみーちゃんもさりーちゃんも大好きだよー」


 なんだ、この後半にかけての百合要素は――――って、そこじゃない!


 桜ヶ丘が他の誘いを断ってこっちに来ているとしたら? もし無理をさせていたらと俺は考えてしまった。


 それは放課後になってもその疑念が晴れることはなかった。


「ねぇーオター?」

「…………」

「ちょっと! 聞いてんの?」

「あ、あぁ……ご、ごめんボーっとしてた」


 桜ヶ丘はムスッとした表情で俺のことを見てくる。


「どうしたー? どーせまた余計なこと考えてるんでしょ」

「いや、その他の友達とかと遊ぶ時間削ってこの勉強会来てるのかなと……」

「え?」

「もしそうなら、気を遣わなくても」


 そこまで言って、桜ヶ丘の視線が「またこいつは」みたいな呆れられている瞳だった。


「オタさぁ、今テスト期間だよ?」

「でも……」

「それにせっかくオタに勉強を教えてもらうのに、点数がいつもと同じでしたーじゃ申し訳ないからねー」

「……なんだかんだ、真面目なんだな」

「は、はぁっー!? 意味わからん!」


 そう言いながらも、口元が緩んでいたので、とても分かりやすいと感じた。


(桜ヶ丘は反応が表情や顔にでるから、ポーカーフェイスは得意じゃないな)


 と、俺は脳内で得意げに考察を始める。

 我ながらさすがに気持ち悪いと思う。


「あ! そうだ! お菓子作ってきたんだよね!」

「え、そうなの?」

「へへっ、見たらマジで驚くかんね?」

「それは楽しみだな」


 そう言いながら、バッグからごそごそと取り出したところで、ガララッと準備室の扉が開く。


「――――え?」


 俺は扉が開いた先を見る。

 長い黒髪、すらっと高い身長とスタイルの良さ、整った顔の女子がそこには立っていた。


「…………サリー?」


 そう、そこにはあのギャルグループの一人、桜ヶ丘の親友冬島美奈が立っていた。


 これは、そう恐れていた、嫌なことが起こった。

 まさに修羅場。

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