第8話 ギャルに料理を振舞うなんて存在しない

「も、もうマジでむりぃ~」


 そう言って、桜ヶ丘はぺたんと机に顔を突っ伏す。

 1時間で音を上げていた桜ヶ丘が2時間30分も勉強と向き合っていたのだ。


「結構頑張ったな」

「へ……」

「もう、なにも言えないくらいには疲れてるか……」

「もーお腹空いたよー」


 俺にウルっとした瞳で訴えてくる。


(そんな目で訴えなくても……さすがに休憩にしてやる)


 俺もそこまで鬼じゃないし、お腹もちょうど空いてきたくらいだから休憩するにはちょうどいい時間だった。


「じゃあお昼作るから、何か要望ある?」

「えっ?! 料理作れるの?」

「まぁ、一応は」

「へぇ~、すごいねー、アタシはお菓子作りは好きだけど料理はあんまし作ったこととない」


 桜ヶ丘はお菓子作りが得意と聞いて、俺は少し驚きだった。

 こういうのは、アタシは絶対に料理なんてできない系の、ダークマターを生む系の女子だと完全に思っていた。


「まぁた、アタシに対して失礼なこと思ってるっしょ!」

「お、思ってないよ……なんでいつもそうなるんだ」

「顔がそう言ってる、で? 本当は?」

「思ってまし――――いでっ!」


 痛いと声は出したが、実際には反射的に声が出ただけで、脇腹を小突かれただけだった。


 もちろん痛いとかは全くない。

 しかし、こうもスキンシップが多いとなにかとそうアレだ……。


「要望はないのか?」

「う~ん、じゃあお昼だしパスタ系で」

「パスタね、わかったちょっと待っててくれ」

「おっけー」


 俺はキッチンに立ち、料理を始めていく。

 なぜかその姿をじっと見られているのは理解しかねるが……。


「な、なに……?」

「え~? 本当に料理できるんだなって思って」

「別にできるよ、なんで疑ってんだよ」

「えーだって男子高校生で料理できる人って珍しくない?」


 桜ヶ丘は首を傾けて、俺に言って来る。


(そうなのか? 世の男子高校生は料理はできない人が多いのか?)


「友達というか、男子に聞いたことがないからわからんな」

「そっかー、でも料理できる男子は好感度高いっしょ」

「いや、俺の好感度なんて教室で底辺も底辺だろ」

「それはオタが料理できること知らないからでしょー? それ見せたら好感度爆上がりだよ!」


 好感度爆上がりという言葉を聞いて、ギャル言葉だなとも思いつつ、俺は好感度爆上がった自分を想像してみる。


(もし……俺がみんなと仲良くなって、教室でもボッチではなくなったら)


「オタ……何その顔」

「え? いや、自分が好感度爆上がってみんなと仲良かったらって考えたら……」

「――――考えたら?」

「なんか人間関係疲れるだろうなって考えたわ」


 こういう思考をしている時点で俺は一人が合っていると思う。


「まぁ、人間関係はめっちゃ疲れるよ」

「へぇー、ギャルでもそんなこと思うんだ」

「ギャルって何よ、アタシだって人間なんだから、疲れるって思うよ」

「そ、そりゃそうだよな」


 俺みたいな人間関係を捨てた、逃げた人間と、今でも人との関わりを大切ン七得る人の苦労が同じなわけがない。


「ご、ごめん……」

「なんで謝るの? ウケるんですけどー!」


 真剣に謝ったつもりなのだが、なぜか笑われてしまった。

 その時、パチッと目が合いニコッと笑いかけてくる。


「――――ッ」


 目が合った瞬間、俺は目を逸らしてしまう。


「なに~? どしたんオタ」

「ちょ、ちょっと危ないから近づいてくるな」

「えぇ~、見てるだけっしょ」

「いいから座ってろ」


 絶対にからかいに来ていた桜ヶ丘を俺はキッチンから追い出す。


(まったく、油断したらすぐにからかおうとしてくるな……)


 ふぅとため息を吐きながらも、パスタの湯切りを行う。



「えぇ! これ本当にオタが作ったの?」

「あぁ、チーズをめっちゃ使ったクリームパスタ」

「…………すご」

「そうか? 簡単だぞ?」


 俺がそう言うと、桜ヶ丘はなぜか俺のことを睨んでくる。


(な、なんか俺イラつかせるようなことしたか?)


「ど、どうしたんだよ」

「こんなに美味しいとか負けた気がして悔しい」

「何にだよ、俺のどこに負けたんだ」

「女子力」

「とても簡潔で分かりやすいな」


 ムッとした表情で、もぐもぐと頬張る姿はリスの様だった。


「それでも食べるんだな」

「当たり前、せっかく作ってくれたんだし、アタシのプライドとは別の話」

「そっか、それはどうも」

「それにめちゃくちゃ美味しいし」


 美味しい、この言葉を言ってもらえたのは家族以外では桜ヶ丘が初めてだった。


(そういえば……家族以外に料理を振舞ったのは初めてだな)


 俺に友達がいないってことを表しているが、料理を振舞ったのが初めての友達で女子でクラスの人気者のギャルとは思わなかったけど。


「はぁ~、ごちそうさまでした!」

「はいよ」

「マジでチョーうまかった」

「わかったよ、ありがとう」


 俺はそう言って、食べ終わった食器を片付ける。


「今度はアタシもお菓子作ってきてあげる」

「いいのか?」

「うん、別にいいよ。それにこのままだと負けた気がする」

「そ、そうか……」


 桜ヶ丘はそう言って、意気込んでいる。

 別に勝ち負けなんてないと思うが……。


「ちょっと、食休みのついでにさっきのゲームの続きしよ」

「おっ、いいぞ、またコテンパンにしてやる」

「一戦一戦アタシは強くなってから、オタも泣くだろうね」

「泣くのはそっちだと思うけどな」


 俺たちはそう言いながらまたゲーム機を起動させた。


(勉強より大事になってきている気がする)


 そう思ったが、食休みの時間くらいならいいだろうと誘惑に負けた。



 

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