第5話 俺と友達になるギャルなど存在しない

 あの出来事以来、勉強会は開催されていない。

 というよりも、桜ヶ丘が準備室に来ていないのだ。


「あははっ、サリー今日はカラオケ行く?」

「いいね~! じゃあカラオケ行こっか!」

「サリー最近付き合い悪くなったと思ったら、良くなったよね」

「え~? 


 (ずっと準備室で待っている俺の気持ちも考えてくれ)


 俺は桜ヶ丘がもし来た時の為に、ずっとあの後も準備室で勉強をしている。


 俺にできることはそれくらいだし、桜ヶ丘のグループに入っていき、今日は勉強会だよなんて言えない。


「熊谷、ちょっと来い」

「露木先生……」


 俺は露木先生に呆れられた顔で呼び出される。

 先生の話は、なぜ勉強会をしていないのかという質問だった。


 俺はこの間あったことをそのまま話した。


「――――ってことなんですけど」

「はぁー、熊谷歯を食いしばれ」

「へ?――――いっでっぇ!?」

「デコピンで許してやるんだ、感謝しろ」


(デコピンでって……くそ痛いんだが)


「どう考えてもお前が悪いだろ」

「なんでですか?」

「な、なんでって……それはお前がちゃんと考えてわからないと桜ヶ丘との仲は一生そのままだぞ」

「俺は別にいいですけ……どぉっ!?」


 そんな屁理屈を言う俺に露木先生は頬をかすめるような鉄拳を飛ばしてくる。


「別によくないんだよ、わかったか? あした桜ヶ丘を準備室へ来るように呼び出すから、そこでちゃんと話せ」

「え、えー……」

「あ? 本当に鉄拳を食らいたいのか?」

「いえっ! ありがとうございます!」


 俺はそう言って、露木先生にお辞儀して教室を出る。


(おいおい、俺に女子のことを考えろって無理難題すぎるだろ……)


 それに相手はギャル。

 一筋縄ではいかないような、金髪のギャルだ。


 俺はいつも通り、露木先生に準備室の鍵をもらい教室へ入る。


 いつもより、この教室が広く感じ、自分の鼓動が速くなるのが分かる。


(ふぅー……桜ヶ丘になんて言おう)


 そんなことを思いながら教科書とワークを広げる。

 ――――しかし、7


 この少しの喪失感を胸に仕方ないなと割り切った。

 しかし、別にこれでいいと思っていた。


 これで俺の放課後の勉強係という役割はなくなる。


(だから俺はいつもこう思ってしまう、と)


「7時30分になったか、それじゃ――――」

「う、嘘でしょ……」


 帰ろうとした時に、準備室の扉がガラガラと開く。

 そこには金髪のギャルが眉を下げて心配そうにこちらを見つめている。


「桜ヶ丘……」

「オタク、ずっとここにいたの?」

「今日だけじゃないけど……この時間までは」

「どうして?」


 桜ヶ丘は心配そうな声色で聞いてくる。


「もし桜ヶ丘が来た時に申し訳ないなと思って」

「バカ、何やってんのさ」

「なっ! バカとは何だ……」

「でも、一番バカなのはアタシ、変な意地張って行かなきゃとは思ってたんだけど、行かなかった」


 そう言いながら、自分の頭をポコポコと叩き始めたので、止めに入る。


「ちょっと、もうやめろ! 自分の頭を叩くのはバカになるぞ!」

「元からバカだもんっ」

「おい、こらっ」


 俺は、桜ヶ丘の手を止めるために掴む。

 桜ヶ丘の手は小さくすべすべで、細くて自分とは全く違うんだと認識した。


「手繋がれちゃった」

「あ、す、すまん」

「えっち」

「……ッ、うるさい」


 俺の反応をみてニシシと笑う桜ヶ丘。


「それで変な意地ってなんだ?」

「オタクー。そうやって、女子にド直球で話聞こうとするのやめた方がいーかも」


 桜ヶ丘にそう言われたが、俺にはほかにどうやって話を聞きだせばいいかわからない。


(俺にそう言う事を求めることが間違っている)


「単刀直入に言うと、オタクに――――じゃないって言われたから」

「え? なんて?」

「だからっ! 友達じゃないって言われたから」

「誰に?」

「あ、アンタに決まってるでしょ!? オタク鈍感すぎ、本当はバカなの?」


 マシンガンの様に俺の身体を桜ヶ丘の言葉が貫く。

 そこで俺は考える。


(ん? 俺に友達じゃないって言われたから?)


 もしかして、桜ヶ丘は俺のことを友達だと思っていたのか?

 俺と友達と思われるのは嫌だろうと、保守的に言った言葉が、結果的に桜ヶ丘を傷つけていた。


「お、俺と友達って思われるの嫌だと思ってた……」

「はぁっ?! やっぱりバカでしょ!」

「ち、ちがっ……友達ってどこからが友達なのかわからないんだよ」

「……じゃあ例えば私のこと嫌い?」


 急にどんな質問だよとも思ったが、別に桜ヶ丘のことは嫌いじゃない。


「嫌いじゃない」

「じゃあ好きか~、オタクに告白されちゃった~」

「は、はぁっ!? してないんだが!?」

「やば、完全否定されたんですけどぉ、ショックぅ~」

「ご、ごめん」


 桜ヶ丘は謝った俺に対して「謝るなし」とケタケタと笑っている。


「嫌いじゃないなら友達ってことでいいんじゃない?」

「そ、そうなのか……?」

「うん、アタシらはそれでいいでしょ」

「お、おう……?」


(なんとも軽いな……とは)


「だって、友達の感覚なんてみんなそんなもんだよ、ハッキリとわかるものじゃない、だから難しーの」

「あぁ、難しすぎる」


 俺がそう言うと、桜ヶ丘は立ち上がり、俺の方を見てくる。


!」

「――――ふっ、そうだな」

「あ、笑ったぁ!」

「笑ってない、ばかばかしくて呆れただけだ」

「え~? 笑ったよぉ」


 桜ヶ丘はそう言いながら、満面の笑みで髪の毛を掻き上げながら口を開く。


「改めてこれからもよろしくねー!」

「あぁ、よろしく」

「あ、そうだ!」


 桜ヶ丘はスマホを出して、俺に差し出してくる。


「なぜにQRコード?」

「ここまで来たら連絡先交換しかないっしょ!?」

「そこまで驚かなくても」

「ほんっと、友達作りに関して赤点だな~」


 そう言いながら桜ヶ丘は笑っている。

 ピロリンと音を鳴らし、自分の友達というトークにサリーという名前が追加された。



 

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