第4話 熊谷幸也に友達なんて存在しない
勉強会を始めて、2週間が経過した。
学校の放課後を使い、3時間ほど勉強を教えるのが基本となっていた。
勉強の日は週に2,3回程度行っている。
「まだテスト2週間も前だってのに、べんきょーしてるアタシ偉い」
「いや、ふつーだから」
「うげ……またオタクのべんきょー正論パンチが身体に響くー」
そう言いながら、桜ヶ丘は椅子の背もたれによりかかる。
「でも、前よりかはできてる気がするんだけど、そこんとこどー思う?」
「まぁ2週間もやってるからな」
「うへへ~、すごいっしょ!」
無邪気な笑顔を向けてくる。
まるで犬のような表情だった。
「んじゃ、始めるか」
「ほーい」
そう言って桜ヶ丘は教科書とノートなど勉強に必要なものをバッグから取り出す。
おれは対照的に持ち運び可能なゲーム機をバッグから取り出し、カチャカチャと起動させる。
「あれ今日はべんきょーしないの?」
「今日は課題が出てないからな、別にいいかなって思って」
「なっ! じ、じゃあ私も少し――――いでっ!」
桜ヶ丘がスマホに手を伸ばしそうになった時、その手をペシッと叩いた。
「桜ヶ丘さんは今この時間もやらないと、ヤバいでしょ」
「だ、だって~……」
「夜勉強するって約束できる?」
「…………約束できん」
シュンっとしながらも観念したのか、シャーペンを持ち、カリカリとテスト範囲を勉強している。
(なんだかんだ、桜ヶ丘って素直だよな……)
「てかさー、この時のサワコの気持ちを答えなさいってさぁー、サワコじゃないんだし、分かるわけなくねー!?」
俺の方をジロッと見てきて、目が合うがサッと逸らす。
すると、先ほどまで正面にいたのに、急に隣に座っていた。
(サワコ、お前の気持ちをとっとと桜ヶ丘に教えてやれ!)
「――――ッ!」
「ねぇ、オタクはどう思う?」
「こ、こ、この問題はサワコがフラれたから、その気持ちを……」
「そんなんフラれたサワコしか知らんくね? 悲しいしかないでしょ」
「い、怒りかもしれないぞ」
俺がそう言うと、桜ヶ丘ふむふむと一度考える。
しかし、やっぱり考えてもわからなかったようで、顔をしかめ納得がいっていないようだった。
「やっぱり悲しいしかないと思う」
「そうか?」
「じゃあオタクはフラれたことあるの? そもそも恋愛は……あ」
「うるさい、友達もいない奴に恋愛なんてしたことあるわけないだろ」
「まぁ童貞陰キャオタクって感じだもんねっ!」
そんな言葉はぐさぐさと俺の心に突き刺さる。
俺の薄っぺらいガードなんてなかったかのように殴られる。
「まぁ、そこは飛ばして先に行け」
「え~まぁそうするー」
「おう」
そこから、小一時間ほどシャーペンを動かす音と、ゲーム機のカチャカチャ音が聞こえる。
「ん、んー」
「そろそろ休憩するか」
「やっとだー、めちゃ疲れたー」
「お疲れさま」
俺がそう言うと、ギロッと睨みにも似ているような視線を送られる。
まぁそうだよな、途中からガチで勉強会なんて忘れてゲームに没頭していた。
「そのゲーム面白いの?」
「あぁ、面白いぞ、モンスターを狩るゲームなんだけどな」
「へー、あ、そのモンスターかっこいい! ごつごつしてんね」
「こいつは、パッケージモンスターなんだけど、3作品連続で人気モンスターの位置をキープしている王道のモンスなんだ――――あ、すまん」
オタク特有の早口が出てしまった。
やってしまった。
(この空気感が俺は嫌なんだ……浮いている)
「なんで謝るの?」
「いや、聞いても嫌だよなって……」
「嫌なんて思わないけど、てかそー思われてる方がいやなんだけど」
「うぐ……それはすまん」
桜ヶ丘は呆れたような視線でため息交じりの声でそう言って来る。
「でも、こんな話聞いても面白くないだろ」
「よくわからないけど、他人の好きな物の話を聞いて嫌だなと思う事はないよ?」
「そうなのか?」
「じゃあオタクは私のコスメの話とか髪とかオシャレの話聞いてた時は嫌だった?」
そう言われ俺は考える。
たしかに、良くはわからなかったけど……嫌と思ったことはなかった。
(空気が気まずくなるよりは全然よかったかも……)
「ほら、嫌じゃなかったっしょ?」
「う、うぐっ……そのニヤけた表情をやめろ」
「うぇ~? なんでー?」
「いいから勉強を――――」
『勉強をしろ』その言葉が出る前に、準備室の扉が開いた。
そこには生徒指導の先生が睨みを利かせて、俺と桜ヶ丘を交互に見た。
「――――せ、先生……?」
「お前らこんなところで何してるんだ?」
「ただの、勉強です……」
「勉強っ?! 桜ヶ丘がか?」
先生は驚いた様子で桜ヶ丘を見る。
(驚きすぎだろ……1、2歩後ろに下がったぞ)
「ぶー、せんせー私だって勉強するときくらいありますよ」
「たしかに、職員室内でも最近お前が課題を出すと話題だった」
「にひひ、どーよ? すごいっしょ」
「あぁ、すごいな」
桜ヶ丘は先生に向けてピースをして、白い歯をニカッと見せる。
(俺からしたら、今の桜ヶ丘の先生に対する態度の方がびっくりなんだが)
いつもは激怒している先生が、こんなにも親しく話している、桜ヶ丘梨々香という人物は本当に誰とでも仲良くなれる。
「――――ところで、熊貝は桜ヶ丘と仲良かったんだな」
以外という表情で見られる。
さすがにそうだよな、一軍女子とカースト最下位の陰キャぼっち男子だからな。
(ていうか、先生熊谷です……)
ここで変な誤解などは良くない。
噂などで、桜ヶ丘さんが俺といることで悪く思われたら……。
「まぁ、2週間も一緒なら――――」
「な、仲良くなんてないですよっ! 先生から頼まれているからやっているだけで」
桜ヶ丘がなにか言いかけていたが、遮って先生に勢いよく伝える。
「お、おう……ま、まぁ頑張れ」
先生はそう言って、準備室から出ていく。
「あー……あのさ、オタク?」
「あ、ごめんわからないところでも――――」
「ごめん、アタシ今日は帰るわ」
「え、あぁ、わかった」
その言葉はどこか寂しげな、悲しげな表情をしていた。
桜ヶ丘は荷物をまとめて、準備室の扉の前で立ち止まる。
振り返って、苦笑いのような微笑みを向けて――――
「ごめんね、アタシの為に時間取らせちゃって、友達でもない奴に勉強教えるの苦痛だったよねーつゆっちにはアタシから言っとくからさ、もうやらなくていいよ」
桜ヶ丘はそう言い残し準備室を出ていく。
(一難去ってまた一難か……)
いや、これは俺が引き起こしたことだ。
しっかりと反省しなければいけない……。
ゲーム機の電源はゲームオーバーを示すかのように、プツンと切れる。
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