第3話 桜ヶ丘梨々香に勉強の二文字は存在しない

「そんじゃ、今日からよろしくなー」

「お年玉とかお小遣い期待してますね」

「言うねぇ! ま、それはの成績の伸び次第かもな」

「俺の生徒って……自分もですよ」


 俺がそう言うと、露木先生はコーヒーを一口くいっと飲み、真剣な目でこちらを見ながら口を開く。


「何言ってるんですか……俺は生徒ですよ」

「まぁある意味問題児だけどな」

「な、なんで俺が問題児なんですか」


 聞き返すと、呆れにも似た表情をされる。


「お前は成績はいいが、友達とかいるのか? 彼女は、そもそも人と話すのか?」


 (おっと、核心を突くというより、殴るような言葉が飛んできた……)


「そもそも学校にゲーム機をもってくるな」

「ゲーム機は放課後にしかやってないです」

「一人でか?」

「はい、ひとりでです」


 先生のあちゃーという顔がとても心に来る。


(やめろっ、俺をそんな残念な人間を見るような目で見ないでくれ!!)


「とにかくだ、お前は今日から桜ヶ丘の先生だ、勉強を教えてもらうついでに友達の作り方を教えてもらって来い」

「お、同じクラスの女子に友達の作り方を教えてもらうんですか……?」

「そう言ったのが聞こえなかったか?」


 (ダメだ……そんなこと聞いたら俺は恥ずかしさと惨めさで死にたくなるかもしれん!)


「ほら、準備室のカギだ」

「あ、あざっす……」

「勉強会が終わったら、私の席に置いといてくれ」

「了解です……」


 俺は鍵を渡されて科学準備室へ向かう。

 扉の前まで足を運んで一旦考える。


(本当に来るのか? 相手はギャルだぞ、俺とは正反対の人間だぞ)


 俺に先生が務まるわけないと思いながら準備室の鍵を開け、中に入り先に自習を始める。


 すると、10分くらいで準備室の扉が開く。

 ――――そこには、金色の細い髪の毛が揺れる姿が目の前にあった。


 迫力のある金髪に俺は少しビビる。


「ごめーん! ちょっち遅れちった」

「え? あ、あぁ……俺も今さっき来たところだし」

「あ、そーなの? じゃあセーフだね!」


 パタパタと手であおいで、風を送っている。

 走ったのか、髪が少し乱れているし、息切れも起こしている。


「走ったの?」

「え、良くわかるね流石オタク」

「は、はは……」


(何が流石なのかわからないが……そうか、これの為に走ってきてくれたのか)


「いやー実は先生から逃げてきたんだよねー」

「え…………あ、そうなんだ」


(少しでも期待した俺が馬鹿だった……)


「でも開いてるってわかってたよ?」

「な、なんで?」

「だってオタク真面目だから、絶対開いてるだろーなって」

「それは褒めてるんだよな」


 目を逸らしながら、そう言うと桜ヶ丘はニヤリと笑って、机に突っ伏してこちらを見てくる。


「にしし、二人きりだね」

「そりゃ、お前しか頼まれてないからな」

「高校生の男女が普段は開いていない教室で…………えっちだね」

「え、は、はぁ……!?」


 桜ヶ丘の口からそんな言葉が出て、意識せざるを得ない。

 唇や、胸……ふとももやお尻を目で見てしまう。


「にししっ、ウケる、オタクチョーいい反応するじゃん!」


 悪魔のような笑い方で我に返る。しかし桜ヶ丘は完全に俺の反応を楽しんでいる。 


 (なんて奴だ……俺の反応を楽しむためだけのトラップとは)


「ふざけてるなら帰るぞ」

「あ、うそうそ! 冗談っしょ!」

「次したら帰るからな」

「は、はいっ!」


 桜ヶ丘は自分のバッグをガサゴソと漁っている。


「あ、あれー……筆箱がない」

「……俺の予備のシャーペン貸すから始めるぞ」

「あ、ほんと? マジさんきゅー」


 そう言って俺のシャーペンを手に取り「あ」と声を出す。


「改めまして、知ってると思うけど、桜ヶ丘梨々香だよ、みんなからはサリーって呼ばれてるかな」


 ピースをしながら笑顔で自己紹介をしてくる。

 桜ヶ丘のことなんて学校中のやつらが知っている。


「じゃあ知らないと思うから、2年A組の熊谷幸也です。よろしく」

「同じクラスでしょ、知らないと思ってるのウケる」


 そう言いながら、桜ヶ丘は笑っている。

 自己紹介も終わり勉強が始まった。


 最初の勉強会が終わり、俺たちは二人で帰っている途中だった。

 今日のことを、ため息を吐くように脱力する。


「こ、ここまでとは……」

「あっはは! チョーやばいでしょ!」

「笑い事じゃないんだけど」

「オタクが引いてるんですけどー」


 桜ヶ丘はそう言いながら肩をあげている。

 わざとらしく口を尖らせて言ってくる。


(いや、まさかこんなにできないとは……)


「あ、今悪いこと思ったっしょ」

「いや、えっと……」

「アタシが勉強できないのはわかってるよ」


 そう言われて、自分が思っていたことが見透かされていたのだと、ギクッとする。


「でもこの学校に入れたのはすごいと思う……本当に」

「あはっ! 先生にも言われた」


(なんか笑われたけど、やっぱりそう思うよな)


 うちの学校は結構頭のいい進学校に部類される。

 だからこそ入学できている時点で凄い。


「入学してから全然勉強してなかったからねー。本当にテストは辛いし、ぼろぼろ」

「今回はそうならないために、俺がついてるんだろ」

「おー……なんかかっこいいねっ」


 自分で言っておいて、なんて恥ずかしい言葉をかけたんだと俺は猛反省。


(こんな言葉をかけていいのはラノベの鈍感主人公だけだ!)


「じゃー、今回は期待しちゃおうかなっ」

「――――え?」

「オタク《先生》がついてるからね、にししっ!」


 俺には眩しすぎるような笑顔を向けられた。

 そんな笑顔に時が止まったような感じがした。

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