第2話 生徒に都合のいい学校なんて存在しない

 俺は次の日、担任から職員室に呼び出されていた。


「――――それで話って何なの露木さん」


 担任の露木先生は俺のその態度にはぁとため息を吐くように口を開く。


「お前なぁ、いくら従妹いとこだからって、学校では先生をつけろ」

「いや、なんかをみると、気が抜ける……」


 露木先生の顔が濁る。

 その瞬間、俺は自分が失言したことにようやく気が付いた。


「ほう? 気が抜けるか、じゃあ気合を入れるために一発入れてやろうか? もちろんグーパンで」

「ここ学校ですから、問題になりますよ!?」

「知らん、従妹だからいいだろ」


(えぇ……今さっきあなたが言ったことなのに)


「そ、それで話って何ですか」

「ふんっ、桜ヶ丘知ってるだろ? うちのクラスのまぁ、問題児といえばそうなのだが」

「ギャルじゃなくて……桜ヶ丘さんがどうかしたんですか?」


 俺がそう聞き返すと、先生はわざとらしく、頬に手を置く。

 30代近いのにそういう行動は控えた方が良いと思う。


(言ったら、今度こそ殺されるよな……)


「困ったことに、彼女……だけじゃないが特に彼女は成績が悪くてなー」

「それが?」

「学校側としても、担任としても見過ごせないんだ」

「えっと、つまり?」


 露木先生は俺の方を見て、ニヤリと笑みを浮かべて下から覗き込むように見てくる。


「熊谷は、確か成績よかったよな?」

「は、まぁ、学年で10番くらいには入ってる気が……まさか」

「あはは、気が付いた? 彼女に勉強を教えてやってほしいんだ」

「無理です」


 俺は露木先生の言葉に間を置くことなく答える。

 即座に答えたことにより、露木先生も多少驚いている。


「ていうか、そういうのこそ教師の仕事なんじゃないんですか?」

「でたでた、そういうのは聞きたくない」

「いきなり子供みたいにならないでくださいよ」

「大人だってたまには子供に戻りたい時もあるんだよ」

「まぁ、三十路にもなればそうかもしれませんね」


 そう言った瞬間、顔の横をヒュンッと風を切る音が聞こえた。


「今のでツーストライクだ、次でアウトだぞ?」

「お、俺はファールで粘るタイプですよ」

「そうか、受けてみるか? 私のストレート」


拳の方のストレートを繰り出そうと、右手を握りしめている。


「や、やめておきます」

「とにかく、こういうのは先生よりも同じ学年とか近い年齢……」

「先生?」

「副委員長なんだからそれくらいやりなさい、これは先生として、従妹として命令です」


(てか絶対いま近い年齢って言うの嫌だったよな)


 副委員長になったのも、半ば露木先生のせいなのに。

 こき使いやすくするために、俺を副委員長にしたんだと思う。


「失礼しました」

「はーい、がんばれー」


 ひらひらと手のひらを振ってくる呑気な露木先生にいら立ちを覚えながらも、俺は職員室から出た。


 すると、なにやら職員室の外でがみがみと言いあっている生徒と先生がいた。


「アタシは、別の用事できてるの! そういう服装とか校則のことで呼び出されてるんじゃないの!」

「まったく、誰が信じると思ってるんだ、そんなこと」

「ちょっと、離してよマジウザなんですけど~」


(職員室の前ですることか……?)


 そう思っていたら、女子の方は金髪で見覚えのある声で良く見てみると桜ヶ丘だった。


 関わらないで、そっとしておくのが得策と考え、俺はその場から立ち去ろうとした時だった。


「あっ! オタクー!!」


 大きな声で名前を呼ばれ生徒指導の先生もこちらを振り向いた。


「おい、たしか……くまかい? だったか?」

熊谷くまがやです……」

「ちょっとこっちにこい」


 これは無視できないやつだ……。

 だるすぎる、そう思って歩いて行くと、ギャルがごめんと仕草をしている。


(ごめんと思うなら、わざわざ呼び止めるな)


「オタ……熊谷は信じてくれるよね?」


 (今オタクって言おうとしたろ、てか呼び止めるときオタクって思い切り呼んでたけどな?)


「何がですか」

「アタシさ、職員室呼び出されたんだけど、今日は服装とか校則でじゃないのに呼び止められてるの」

「信じろって言われても……色々やらかしてるなら、仕方ないと思いますよ」


 それじゃあとその場を後にする。

 その時の桜ヶ丘のウルウルとした瞳は、無視をした。


「つゆっちに怒られるよー!!」


 つゆっち……露木先生か?

 あ……。


 俺はそこで今日俺が呼び出されたのは桜ヶ丘のことでだった。

 もし、桜ヶ丘も同じことで呼び出されているとしたら……。


「さっさとこい! 今日は反省文5枚は書かせるまで帰らせないからな!」

「いやぁ!!」


 腕を引っ張られ、連れていかれるその姿を見た時、なぜか焦ってしまった。

 俺は走って先生の目の前に立つ。


「どうしたんだ熊谷、そこをどきなさい」

「あの、桜ヶ丘さんの話本当かもしれないです」

「なんだと?」

「お、俺も露木先生に呼び出されてまして、先生が桜ヶ丘さんの名前を出していたので」


 俺がそう言うと、先生は悩んだ末、桜ヶ丘のことを解放してくれた。


「オタクー!!」


 ぎゅむっと抱き着かれる。

 いい匂いが鼻に広がり、心臓が速くなる。


(な、なんか、柔らかいものが当たって……)


「マジあんがとね! ちょーさんきゅーって感じ!」

「あ、うん……」


 めちゃくちゃ軽い礼を言われて、職員室へ入っていく。




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