第8話 天使の願いを叶えたい

「どうしようもないのかって? そうですね、だってあなたに、天使に叶えてもらいたい願いはないでしょう?」


「本気の願いじゃないとダメなんです。視力をなくした人が、再び見えるようになりたい。子どもの病気を治してほしい。行方不明になった家族を探したい。そんな、心からの願いじゃないとダメなんです」


「だけどあなたの一番の願いは、これですよね」


 あなたの願い

 本気の願い


「殺された家族を、生き返らせてほしい。お父さんを、お母さんを、妹を。幸せだった家族との生活を返してほしい」


 天使が告げる、あなたの過去

 小学校の修学旅行中、あなたを襲った悲劇

 強盗に家族を皆殺しにされたことを


「……わかっていました。セイナはあなたの天使ですから、あなたの本当の願いは届きます」


「ただそれは、叶えられない願いです。天使には、死んだ命は戻せません。小さな虫一匹の命ですら、どうしようもないです」


「だけどこれ以上に本気の願いを、あなたは持つことができない。それも、セイナにはわかります。だから、どうしようもなかったんです」


「さて、これからどうしましょうか。あと5時間ほどで、セイナは天界に強制送還です。明日には、あなたはなにも憶えていない。この1年を、セイナと暮らした記憶を、なにも憶えてくれていないんです」


 無表情を作ろうとする天使が涙をこぼし、震える声が悲しみを表す


「だから、今日を……どうしましょうか? 最後のこの時間を、どう……」


「ぐすっ……ど、どうせ忘れてしまうのです。あなたにとっては、全部なかったことになるのですから、ひっく……な、なにも意味が、ない」


 天使は溢れる涙を手の甲で拭い、


「……だ、だけど、わたしとあなたの、最後……だから」


 あなたを見つめ、大粒の涙をこぼした


 あなたは天使を抱きしめる

 それしかできない


 天使もためらいながら、そっと腕を回して抱きついてくれる


「このまま……消えちゃうまで、このままがいい……です」


「それが、わたしの願い……」


 天使を抱きしめ、あなたは考える

 そんな願いはウソだとわかっている


 天使のウソ

 あなたの真実


「え? 願い……ですか? あなたの本当の願いを、もう一度確認すればいいのですか?」


「……あたなの本当の願い。それは……家族との幸福な生活、です」


 そう、『家族と幸福に生きること』

 それがあなたの、本物の願い


 これまでは殺された家族だけが、あなたの家族だった

 でも、今は違う。『1年も一緒に暮らしてたんですもの、もう夫婦みたいなものです』そう言ってくる存在が、あなたの腕の中にいる


 あなたの願いは天使に届く

 天使自身が、そう言っていた


「え!? うそ! そんな……あなたはわたしを妻にして、家族との幸福な生活を願うというのですか!?」


「確かに以前、本気であなたの妻にと願ってもらえれば、それを叶えることができると言いました」


「ですが、わかってますよね? セイナごまかしましたけど、ごまかせてませんよね。それにはデメリットがあるんです」


「い、いや……どんなデメリットがあっても、わたしを失うよりはマシって……」


「そう言ってもらえるのはうれしい、本当にうれしいよ……でも」


「……うん、わかった。ちゃんと言うね。わたしを、天使を伴侶にした人類は、他の人類に恋愛感情を持つことや、恋愛感情抜きでも伴侶以外の誰かと肉体関係を持つことが禁止されるの」


「それを破るとあなたもわたしも、魂自体が消滅する。ふたり一緒に、存在した記録ごと消えてしまうの」


「……それだけ? って……なに言ってるの! 大変だよ!? 人類のオスには難しい条件のはずだけど!」


「セイナは、いい……ですよ。このままあなたと人界で暮らせるなら、たとえそれが短い時間になったとしても、あなたの妻として、同じ人類として生きて消えるのなら、それで満足です。でもあなたはそれでっ」


 同じ人類

 その言葉を、あなたは天使に確認する


「え? あ、はい。あなたの妻になるのですから、セイナは人類になりますけど? そうしないと、生殖行為ができないじゃないですか。自己の遺伝子を次世代に残す。それが生物の本能であり、存在理由のひとつでしょう」


「夫婦になるのですから、セイナはあなたの子を産める肉体になります。つまり人類にです。といっても、あなたの子しか産めませんけど」


「それに天使でなくなるので、人類と同じように肉体が劣化して寿命がくればそれで終わりですし、当然天使の能力もなくなります」


「……な、なんで笑うんですか! なにも面白くありませんよっ」


「え!? ちょっ、それは……僕は一生セイナしか愛さないし、抱かないんだから、そんなのどうでもいいですって!?」


「も、もう! そんな……」


「わかりました、本当にいいんですね? 願いを叶えますよ。一生、セイナしか愛さないとちかえますか? 破ったら本当に消滅しますよ? わたしも、あなたも」


「し、信じてますよ。あなたを信じています。わたししか愛さないと言うあなたを信じていますけど、束縛そくばくしたくない……から」


「だからなぜ笑うんですか! わたしは真剣なんですけど、真面目なお話ですよっ」


 笑顔のあなたに、天使はあきれ顔


「はぁ……わかりました、わかりました! じゃあ、あなたの願いを叶えます」


「あなたの願いは、わたしを妻にして幸せな家庭を作る。それで間違いないですね?」


「はい。あなたの願い、了解しました」


「では、これで……」


 天使があなたの頭に手を置く


「あなたの願いは叶いました」


 あなたは動けない

 動いていいかわからない

 なんの変化もないから


「…………」


 動かないあなたに天使が小首を傾げる


「あの、願い叶えましたけど?」


「本当に? って……はい、終わりました。終了です」


「信じられない、なにもしてないですって?」


 天使があなたの顔に顔を近づける

 そしてそのまま、唇が重なった


「キス、できましたよ。天使と人類では、キスはできません。しようともしませんでしたから、しりませんでしたか?」


「セイナは……わたしはもうあなたと同じ人類で、あなたの妻です。天使のわがなくなっているでしょ?」


 言葉通り、天使の頭上から光の環がなくなっている


「人界の記録でもそうなっているはずです。カナコも、わたしたちを夫婦だと認識していると思います。大丈夫ですよ、人界の改変は完了しています」


 天使が、あなたを見つめる


「はぁ……なんでしょう? これ。身体からだがふわふわして、胸がドキドキして、苦しいです。これが人類? 人類はこんなに不便な生き物なのですか」


 天使が、いいえ、あなたの妻が照れたように微笑ほほえみます


「えっと……とりあえず、一緒にシュークリームを食べませんか? なんだか、お腹がすきました♡」



~Fin~

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はらぺこ天使はあなたの願いを叶えたい 小糸 こはく @koito_kohaku

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