第7話 ダメ天使は覚悟をきめる

 明日は休日

 天使と暮らし始めて、今日でちょうど1年になる


「今日のハンバーグは、とっても上手じょうずに作れました。どうですか?」


 天使が作ってくれた夕ご飯はハンバーグ


「もう食べないのか、ですか? はい。実は夕ご飯を作っている途中、たくさんつまみ食いしましたので、お腹いっぱいなのです」


 あなたはいつも通りの量を食べているが、天使はいつもの半分も食べずに「ごちそうさま」をする


 テーブルを挟み、食事を続けるあなたを眺める天使


「おいしいですか? そうでしょう、そうでしょう。セイナはお料理が上手になりました。人界に降りてもう1年です。たくさんのことを覚えましたし、バイトも見つかりました」


「スーパーでは半額シールを待つより3割引で妥協だきょうする強い心を手に入れましたし、ピーマンも食べられるようになりました。どうです? 人界になじんできたでしょう! えっへんですよ」


「セイナはできる天使ですから、いろいろできるようになったのです。とっても成長したのです!」


 違和感をおぼえるほどに、天使が明るい

 無理に明るくしていることに、あなたは気がつく

 それになにより、食事の量が少ないのがやっぱり変だ


「な、なんですか? セイナの様子がおかしいですって!? あまり食べてない? し、失礼ですね! セイナはそんな、食いしん坊さんじゃありませんけど!」


 震える声

 言葉の内容とは違い、泣きそうな顔をしている


「…………」


 あなたは問いかける

 どうしたのと


「どうしたのかって……そうですか、わかり……ますか」


「そ、そうですよね……1年も一緒に暮らしてたんですもの、もう夫婦みたいなものです。以心いしん伝心でんしんですね! 四文字熟語もお手のものですっ」


「……はぁ」


 天使はため息をつき、少し沈黙


「セイナ、帰りたくない……です」


「セイナが人界に来て、今日で1年が経ちました。人類の願いを叶えに人界に来た天使は、人界時間で1年のうちに結果を出さないといけません。そうしないと、天界に強制送還です……」


 突然の告白に驚くあなた


「なんで言わなかったのって! そんなの、セイナだってずっと悩んでましたよ! こんなギリギリなって、どうしようもなくなってやっと言えたんです!」


「帰りたくない! ずっとあなたと一緒にいたいッ。シュークリームが食べられなくなってもいいです、あなたの側にいたいです! うわぁー、わあぁ~ん」


 号泣する天使

 時間が経過


「ず、ずびばせん……」


 少し落ち着いた天使に、あなたはティッシュの箱を渡す


 しゅしゃっ、しゅしゃっ、チーン(天使がティッシュを2枚引き抜き、鼻をかむ音)


「帰ったらどうなる、ですか。そうですね、人界での活動レポートを提出して、失敗天使の烙印らくいんを押されて、〈界式かいしきシステム〉の部品になると思います」


「〈界式システム〉ですか? 人界にはありませんものね。そうですね、天界をよりよく保つための機械と言えばいいでしょうか。77万7777体の天使を部品にして連結させ、構築されています」


「天使と言っても部品扱いですから、システムを運用すればするほど劣化します。そうなると、新しい部品に交換されます……」


「そうです。お役目を果たせなかったダメ天使を、次の部品にするんです」


「セイナのような、ダメ天使をです……」


 あなたは言葉が出ない


「なんですかその顔は。セイナはあなたにそんな顔をさせるために、人界にりたのですか。それはまったく、本当に……ダメ天使ですね」


 天使は自虐的じぎゃくてきな表情

 あなたは自分がどのような顔をしているかわからない


「どうして急に話したのかって? 今までためらってたんじゃないのか、ですか」


「わかりませんか? いいえ、わかっていますよね。あなたの考えている通りです」


 天界は人界を『操作できる』

 すでに人界は、何度も天界の都合のよいように操作されている

 そう主張している人たちがいる


 その証拠に、人界に降りてくる天使は大きな失敗をしたことがない

 天使たちは人類から見ても、『それほど優れた存在ではない』にも関わらず

 天使の小さなミスならたくさん記録に残っているのに、大きなミスを何一つ起こしていないのはおかしいと言うのだ


「役目を果たせず強制きょうせい送還そうかんになった天使の記録は、人界から抹消まっしょうされます。天界の汚点を人界に残しておけないのです」


「なのでセイナが人界で過ごしたすべての記録が、消されます」


「誰も憶えていません。スーパーで顔見知りになったおばあさんも、セイナを見つけるとしっぽフリフリで近寄ってくる近所の犬も、バイト仲間のコロクも、みんなみんなセイナを忘れてしまいます」


「あんなにセイナに夢中で萌え萌えしていたカナコも」


 天使が光のない瞳であなたを見て告げる


「そして当然……あなたもです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る