第6話 天使だって気落ちする

 季節は進み、天使との生活が半年を過ぎた11月上旬


 ガチャ(玄関のドアが開く音)


「……ただいま帰りました」


「ちょっ、どうしたんですか? そんな心配そうな顔して」


「……あぁ、そっか。セイナが家にいなかったから、心配だったんですね。もう夜ですもんね」


「あの、ですね。ちょっとイヤな感覚がありまして、様子を見に行っていたんです。急いでいたから、スマホを忘れていました」


「え? あぁ、そう……ですね。別の天使の管轄かんかつでしたので、セイナには何もできませんでしたけれど、もう大丈夫です。解決しました」


「はぁ……人類は、なぜあれほどに愚かなのでしょうか。同じ種族で憎み合い、利用し合い、そして互いが不幸にまみれる」


「あっ、いえ! あなたは違いますよ、わかっています。信じています」


 少しの沈黙


「……お願いがあります」


「いいですか? ありがとうございます」


「でしたら、あの……ギュって、してください。抱きしめて、ください」


 あなたは天使を抱きしめる

 強く抱きしめると折れてしまいそうなほど、細い身体


「ふぅ……あなたは温かいですね。いつまで、温かくいられるのでしょうか」


 そのまま時間が経過


「もう、いいです。ほっとしました。遅くなりましたが、夕ご飯にしましょう。今日はですね、肉じゃがにチャレンジしたんです。男は肉じゃがを食わせておけ! と、ネットの動画で教わったので」


 天使を自由にする

 あなたから距離をとり、背中を見せる天使


「すぐに温め……あ、お米を炊いていませんでした」


 天使はため息をつき、肩をおとす

 あなたに背中を見せ、表情を隠したまま


「……ダメ、ですね、ダメダメです。セイナはダメ天使です。なにもできない。なにもあなたのお役にたててない。わたし、なにをしに人界に来たの? ガブリエルさまはなぜ、わたしをあなたの天使に選んだの?」


 天使が自分を「セイナ」ではなく「わたし」と言ったことに、あなたは違和感をおぼえる


「わたしじゃダメだよ! なんにもできないもんっ。わたし、なにもできない……できないの!」


 涙声で弱々しく見える天使を、あなたは後ろから抱きしめる


「ぐっ、ぐす……そんなに抱きしめるなら、離さないで……今夜だけでいいから、ずっと、抱いててよ」


 天使の言葉づかいがいつもと違う

 あなたは気がついたが、それには触れない


 一夜が明け


(はわぁっ! セイナはなにをしてしまったのでしょう! まるで自分が自分じゃなくなったようになって、あの人に抱きしめられて……うっ、うぅ~……はずかしいですぅっ)


 ( )の文字は天使の心の声

 音には出していない


(寝てます……よね? 寝てるのにまだ、抱きしめてくれてます。セイナ、この人の抱かれて、同じベッドで一夜を過ごしたんですよね)


(な、なんにもないですよ!? 天使と人類では生殖活動ができませんからっ。この人は、優しく抱いてくれていただけ。安心をくれて、居場所をくれて、許しをくれたの)


(んっ? 動きましたか?)


「起きてますかー?」


 その声にあなたは目を開ける

 その前から起きていたわけではない


「やっぱり起きてました。おはようございます」


 すぐ目の前に天使の顔

 艶っぽい唇と、女の子の香りにドキッとしてしまう


「もう、なんですか。なぜ離そうとするんですか。だったら、セイナから抱きついてあげましょう、えいっ」


 抱きつく天使を、あなたもそっと抱きしめる


「今日は休日です。お仕事、お休みですよね?」


「だったら、もう少しこのままでお願いします。朝食は外に行きましょう。喫茶店で、サンドイッチとオレンジジュースがいいです」


 天使のかわいいおねだりに、あなたは笑みをこぼす


「くすっ……笑ってくれましたね。セイナは、あなたの笑顔が好きです。あなたを笑顔にしたいです。それが、セイナの願いです」

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