第38話 今の職場は


 お屋敷で採用選考をして、お土産の入ったバスケットを持って魔法警備隊に帰った。


「ただいま帰りました」

「おかえりユリアちゃん。いい人いたー?」


 最初にいたのはジャンさんだった。


「はい。その辺は夕食の後にまとめて説明しますね」

「えーとりあえず見つかっただけでもよかったー」


 彼の言った、仲間を探してくればいいという言葉はとても役に立った。軽い言葉でも、案外真理だったりするのかもしれない。


「ユリア、おかえりネ」

「ただいま帰りましたよ、ユペさん」


 ニッコニコで待ち構えるユペさん。いい人見つけてきましたよ、の意味を込めて微笑み返す。

 私は一旦キッチンへ。


「コナ!ただいま!」

「ユリアさんおかえりですー。採用しましたー?」

「ええ。あとこれ、お屋敷のお土産のバゲットサンドね。ベルナトさんのやつ。夕食はこれ込みで考えて。私はレイ様のところに行くから!」


 はーいと返事が聞こえたので、私はレイ様のところに向かうことにした。


 ◇


「おかえりユリア。どうだったかしら」

「はい。一人、いい感じの子がいまして、採用してきました」


 持ち帰った契約書類を提出する。それにさっと目を通してレイ様は言った。


「実際会ってきたあなたからしてどう?」

「素直ないい子って感じですね。周りの評価も上々ですし、家族構成や本人の意思もあるのでこれは採用だな、と」

「そう。本当に若いのを採用したじゃない。あっちの手駒でも無さそうでいいわね」


 そうですよね。前に仕込まれたそうですからね。ご当主の息がかかった侍女を。お屋敷に染まりきっていないのは、そういう意味でもいい点だったか。


「あとは実際会ってみてからね。四日後でしょう?」

「さようでございます」


 あともう一つ気づいた。


「部屋はどうされますか?」

「前の使用人がいた部屋があるでしょう。そこでいいわ」

「整えるのは…実際の腕前を見たいので、彼にやらせるのでいいですか?」

「いいわ。そういう点はユリアに任せるわ」


 それからいくつか話し合ってきたところで、日が暮れてきたのに気づく。


「そろそろ時間ね。夕飯は…今日は出かけてたわね」

「あ、でもベルナトさんからバゲットサンドをいただいておりまして」

「バゲットサンド!中身は?」


 パッと顔を輝かせ、声もワントーン上がるレイ様。


「ベーコン、チーズ、レタスのアレですよ。お嬢様が大好きな」

「早く言いなさい」


 食い気味で遮られ、スタスタと早歩きでダイニングに向かわれた。行動力の塊ですね。でも人の話を遮るのはよろしくないですが、駆け出さないのは淑女として正しいですよ。

 私もその後廊下の窓を閉めながらのんびりと追いかけることにする。窓には夕方の世界が切り取られていた。

 もう少しで夏至だ。夏至にはサントロワ領のお祭りがある。魔法警備隊も文字通り警備として参加するので、私の方も忙しいのが予想できる。


「夏ね…」


 夕方のオレンジ色…というか強い黄色の光が世界を彩る。

 私はそれをしばらく眺めてからまた窓を閉めていった。


 ◇


 夕食の時間だ。作るのは全部コナにやってもらった。流石にそうすると他の仕事は無理なので洗濯はなしという条件だったけど。魔法ってすごいね。


「ミネストローネとカプレーゼ!いいわね」

「煮るだけと切って盛るだけですからねー」


 まあ簡単なものではあるけどしっかり美味しい。トマトも季節のものだからね。みんなにも好評らしいけど、一番好評なのは…


「あーこれこれ、この味よ!シンプルなくせして一番美味しいのよね…」

「久しぶりですね、この味は」


 レイ様とエドガーさんがしみじみと味わっている。

 バゲットサンドは、ベーコン、チーズ、レタスというシンプルなものだけど、なぜかこれが一番美味しい不思議。


「これ、ベーコンの焼き加減とレタスの食感がいいね。あとはチーズもフレッシュチーズだからクリーミーさがベーコンの塩味と合うんだろうね」


 アルトさんの分析がすごい。めっちゃわかる。


「ユペさんはやっぱりトマトですかー」

「トマト、好きネ!コナのスープも美味しいヨ!」


 そう言っておかわりしに行くユペさん。これにはコナもにっこり。

 かと思えばジャンさんはスープを真剣そうに飲んでいる。


「どうかされました?」

「前に俺が作ったのって、本当に微妙だったんだなって」


 私が倒れた時、彼が私のレシピノートを参考にしてミネストローネの一歩手前みたいなのを作ってくれた。初心者が作ったにしては食べられる程度の味にはなっていたけど、本人的には微妙らしい。


「何が違うかと言いますと、野菜の味ですよ。トマトとベーコンとお豆だけじゃ、この味にならないんです。玉ねぎとか、野菜を入れるとこれになるんですよ」

「へぇ…」


 つやつやと光るスープの水面を眺めてから、彼はこちらを向いた。


「新しい人が来るんでしょ?俺たちこのままユリアちゃんの料理は食べられるの?」

「はい。私の手伝いをしてくれる人を探してきましたから。基本的なことは私がやりますよ」

「そ。じゃあよかった。ユリアちゃんの料理、美味しいから。もう滅多に食べられないのは嫌だな」


 彼は時々、核心を突いたことを言う。いつもヘラヘラしているけど、今までの人生が過酷だったから結構シビアなところもあるのかもしれない。



―――――――――――――――

表面だけじゃ人間ってわからないんですよね。

余裕のある強い人って、それまでにヤバい経験をしてきたってことじゃないですか。


読んでいただきありがとうございます。

🔖ブクマ、♡応援、★評価などよろしくお願いいたします。


次話更新は9/10 12時頃です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る