第36話 古巣


 午前中に一通り書類を見て、それぞれに質問したいことも考えたところで、お昼を食べた。

 何と使用人のためのまかないではなく、魔法警備隊から来ているということで割とちゃんとした昼食を用意してくれた。ありがとうございます。


「んー!これ!この味!この味が食べたかった!」


 今日のランチはジャガイモの冷製スープ、さっぱりした鶏肉のソテー、付け合わせのパン。夏らしくて非常に良い。

 久々のお屋敷の料理長・ベルナトさんの味はいつも以上においしかった。あ、おかわりできます?できればお持ち帰り用もあります?それかレシピ教えてください。


「随分美味そうに食うなぁ」


 戸口の方には作ってくれた張本人のベルナトさんが立っていた。


「お久しぶりですベルナトさん!」

「はっはっは。元気だったか?」

「はい!ベルナトさんもお変わりなく?」


 赤みがかった茶色の短髪に、コックコートがよく似合う、三十代後半くらいの人だ。いつも明るいこざっぱりした人だった。このお屋敷に来たばかりの頃はよく「腹減ったろ?」と言って色々食べさせてくれた。

 だけどこの若さにして料理長を任されている料理の天才である。あのレイ様に「家に帰らないことの唯一の後悔はベルナトの料理が食べられないことよ」と言わしめている。


「ユリア、料理やってるんだって?スジがあると思ってたけどな」

「はい。私だけなので普段は簡単なものしかできてませんけど」

「あと、今回は料理人は雇わないのか?」

「私の料理で美味しいって言ってくれる喜びを奪われたくないからですよ」


 まっすぐ答えると、彼はニカッと笑った。


「…そんなこと言われちまったなら俺の弟子をそっちにやるのは悪ぃなあ。それがわかってりゃあ、お前も俺の弟子ってわけよ」

「えへへ。いいんですか?」

「ああ、いいさ。俺の料理は誰かを笑顔にするもんだからな。その心があればいい」


 彼は自分の胸をドンっと叩いた。結局は心なのである。私も自分なりに真心をこめてやっている。


「今日の料理も美味かったか?」

「はい!」

「そうか。また戻ってきたら美味いもん作るからな。あとこれお土産な。レイ様の好きなバゲットサンド」


 私はバスケットを受け取る。バゲットサンド、美味しいんだよね。私も好き。

 そして彼は私が食べた料理のお皿と引き換えに去っていった。


「ありがとうございました!」

 うん。ベルナトさんに会えて元気をもらえた。


 ◇


 午後はお屋敷の一室を借りて面接をするんだけど…。その部屋に入ってみるとなんか…殺気?


「…アズール様?…と、フィアさん?」


 私は結構な衝撃を覚えつつ向かいの席に座る。ご当主のアズール様は下を向いていて、刃物のような鋭い目つきのフィアさんはそれをギロリと睨みつけている。


「……かった」

「虫の羽音ですか?」

「…すまなかった!」


 急に大きな声を出されたので思わずビクッとする。


「ユリア、すまなかった。言いたいことがあれば何もないから言ってくれ。お前には迷惑をかけた」

「…だ、そうですよユリア。貴女もきっと言いたいことがあるんでしょう?言って差し上げなさい。こんな四歳の子どものような嫉妬をして」


 わぁフィアさん早速お怒りですね。再会の瞬間がまさかここだとは思いませんでしたよ。

 でもそういうことなら遠慮なくいかせていただきます。


「…やり口が排水口くらい汚いですね」

「うっ!」


 私は一旦深呼吸。


「まあ妹のレイ様の面倒を見るというのはわかりますよ。先代のご意向でしょう。でもそんな圧力をかけるべきですかね?守るべき民も犠牲にして。領主様はそんなことしていいんですか?アズール様はそんなプライドをお持ちなんですか?」

「うぐっ…」

「私が三日寝込んでレイ様に怒られただけでよかったじゃないですか」


 そこで私から笑顔が消える。


「……魔法警備隊うちのみなさんが本気を出したら、このお屋敷もすぐ制圧できますよ。私も少しなら魔法を使えますし…その辺、ご理解の程よろしくお願いします」

「…!!」


 アズール様は声にならない悲鳴を上げていた。…私も加担してるけどね!


「ユリア、その辺でいいわ。もう色々言ってあるから」


 うわぁやっぱりフィアさんすごいですね。人をここまでにさせるとは。


「で、これが契約の書類ね。誰か決めた人に使いなさい。ここの雇用契約の上書きって形になるわ。それでいいかしら」

「はい。ありがとうございます」

「アズール様、こちらでよろしいですね?」

「…あ、ああ。これでいい。…レイには他の書類は後で届けると伝えてくれ」

「はい。かしこまりました」


 そうしてお二人は出て行かれた。

 フィアさんありがとうございました。また今度挨拶します。

 ご当主様は…もう少し色々言いたいけど、どうすべきかはおわかりですねと言っておこう。

 直接言いたいことは言えたので、なんかちょっと満足かも。


「ユリア、全員呼んだよ。私もここにいて、セッラに呼ばせる。それでいいね」

「あっ、はい!」


 おっと。危ない危ない。今日の本題は採用選考をするところだったね。



―――――――――――――――

身内に厳しくするって難しいじゃないですか。サントロワ家ではそれを使用人として仕えるメロー家がいて、しっかり軌道修正するようにしてるんです。


読んでいただきありがとうございます。

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次話更新は9/8 12時頃です。

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