第30話 オーバーヒート


「…ん……」


 目を覚ますと、そこは見慣れない天井だった。

 寝ぼけながら窓のある方を向くと、少しオレンジの混ざった光が差し込んでいた。


「うそ……いま…何時?」


 一気に目が覚める。

 洗濯物の取り込みでしょ、夕飯の仕込みでしょ。ああ、今日は買い物にも行ってない。

 揃えて置かれていたブーツに足を突っ込む。靴紐をなかなか結べない。立ち上がったときにふらっとしたけど、気合いで立つ。

 そしてドアの側まで歩いたところで、ドアノブを掴む前に誰かがドアを開けた。


「ユリア?!ダメだよ寝てないと…」


 その人はひょいと私を抱きかかえた。これはもしかして…お姫様抱っこってやつ?


「…アルトさん…?…私……歩けますよ…?」

「逃げられても困るからね。どこ行こうとしてたの?」


 咎めるような、仕方なさそうな口調で問いかけてくる。


「…取り込みと…夕食のしたくと…お買い物…」

「それはもう任せてあるから大丈夫さ。どこかに行ったらダメだよ…こんなに熱があるんだから…」


 危なげなくベッドに下ろされた。子どもを寝かしつけるみたいに首元まで布団をかけられる。ずっと心配そうな顔をさせている。


「いいかい?ユリア。君は毎日よく頑張ってたね。でもね、流石に疲れが出たんだよ。だから今は休む時間」


 おとぎ話でも読み聞かせられるような説明だ。


「原因としてはね…過労と、魔法もそうだ。お屋敷にいた頃は、魔法はほとんど使ってなかったんでしょ?それでここに来てから、魔法をよく使うようになった。君の場合は、魔力をたくさん使う生活に身体が慣れていなかったって考えた方がいいかもね」


 うーん、ちょっとよくわからない。頭の回転が遅いのも、熱のせい?

 でもそこより気になることがある。


「あの…さっき私…重くなかった、ですか…?」

「今気にするのそこ?」


 アルトさんは一つため息をついた。


「女の子一人支えられなくてどうするの?それこそ紳士の名折れだよ」


 ちょっと失礼な質問だったかも。頭が回ってないね。

 それから薬を飲むように勧められる。味は「保証しかねるかな…」と明らかに自信なさげに言われたので一息に飲んだ。……不味い。

 飲んだらいい子いい子されたんだけど、私はそんな子どもじゃないですから…。


「夕食は…食べられる?そもそも人間が食べられる料理ができるかって問題があるけど」


 私は首を横に振った。


「そっか。よく寝ておくといいよ。何かあったらそのベルで呼んでね」


 なんとなく頷いたところで、急に眠気が襲ってきた。


「あとはゆっくりおやすみ、ユリア」


 ◇


 次に目が覚めたのは、朝…だろうか。随分ぐっすり寝たものだ。


「あ、ユリアちゃん起きてる?おはよう。具合、どう?」


 私が寝ている医務室に入ってきたのはジャンさん。しっかり目が覚めている。

 食べ物の匂いにつられて目が冴えていく。ゆっくり起き上がると、お腹が空いていることに気づく。


「あんまり美味しいかはわからないけど…食べる?」


 昨日のお昼から食べていないので、腹ペコだ。味はいいから……いややっぱりよくないけど、とにかく何か食べたい。

 赤いのでトマトスープだ。少しすくってみると、ベーコン、豆、ショートパスタが入っているらしい。野菜がないので、ミネストローネの一歩手前ってところかな。

 髪に気をつけながら一口食べてみる。


「…どう?」

「…おいしい…」


 もう少し食べ進めていく。

 厳しいことを言えば味はまあまあかな。何もないよりは絶対にいいし、作ってもらっているので文句は言えない立場だけど。


「…もしかして、ジャンさんが作りました?」

「わかるの?」


 トルマリンのような目がぱちくりと開かれる。


「レイ様は料理ができないし、アルトさんはきっと、忙しいです。なんとなく…ユペさんとエドガーさんらしくもないです。…それに、ベーコンが分厚いですから」


 決め手はベーコンの厚み。厚みも揃っていないし、全体的に厚めだ。私ならもう少し薄く切っているから、普通の人ならそれを目指すはず。


「見抜かれちゃったね。キッチンの引き出しにあったレシピノートを見てさ。茹でるのならできそうだと思ったから」

「…爆発はしませんでした…?」

「きちんと表記通りにやったからね」


 あーよかった。爆発してたら私の仕事がさらに増えてた。


「食べながらで悪いけど、俺からちょーっと説明しておくねー」


 まず私を見つけたのはアルトさん。それからレイ様たちを呼んだり、ユぺさんに頼んで服装を整えてもらったり色々と手を尽くしてくれたそうだ。頭が上がりません。


「で、一番大事な話がレイ様のこと。ユリアが倒れたとなるとうちのことが回らないでしょ?だからエドガーさんをお供に引き連れてサントロワのご当主に直談判しに行ったよ」

「はぁ!?」


 え?お嬢様って実家に帰りたがらなかったよね?割と不仲だし?私が倒れたがために?


「それで、先に帰ってきたエドガーさんが言ってたんだけど、とりあえずメイドを一人寄越すって。ユリアの知り合いらしいよ?どんな交渉したんだろうね」


 私は驚きと衝撃で唇をわなわなと震わせる。

 どんな交渉をしたんだろうね!本当に!


「あ、こちらですか。ユリアさーん、お久しぶりですー」

「コナ!?」

「ユリアさんが過労でぶっ倒れたと聞いてこのコナ、参りましたよー」


 コナは私の後輩のメイドだ。後輩の中でも結構付き合いがあった方だ。茶色の髪とくりんとした瞳がわかりやすい。


「噂をすればだね。コナちゃんかー」


 のんきに答えるジャンさん。あと戸口にいるのはエドガーさんかな?


「わたし、ユリアさんが元気になるまでって期限付きでいますのでー。とりあえず引継ぎをお願いしますよー」

「え、ええとじゃあ…」




 何とか引き継いでからは、あんまりにも情報量が多いからオーバーヒートして寝た。

 本当にどういうことよ…


―――――――――――――――

イケメンって顔だけじゃないと思うの。


読んでいただきありがとうございます。8月1日に連載始めたので丁度一か月です!

好きな人には刺さってるといいなぁ…と思いつつ書いてます!

★評価、♡応援、🔖ブクマなどお待ちしております!

まだまだ続きますよ!


近況ノートにユリアのキャラデザ出しました!

https://kakuyomu.jp/users/hano-8no/news/16818093084022345117


次話更新は9/2 12時頃です。

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