第29話 異変の午後
ベッドサイドに椅子を持ってきて、守衛さんに頼んで買ってきてもらった昼ごはんを食べる。その間も彼女は眠ったままだ。
「疲れちゃったんだろうな…」
最近は仕事量も増やしていた影響だろう。それに疲れているのか、その時から体調を崩していたのか、少しぼーっとしていることもあった。
何で早く気づいてあげられなかったんだろう。
「ユリア?!」
医務室のドアを開けて飛び込んできたレイ様たちに、人差し指を一本立てて静かにするようにと示す。
これも守衛の騎士・ゼノに頼んでおいたのだ。買い物より先に、いつも使う北門の門番に森担当の二人にすぐ戻ってくるように伝えてもらうようにと。
「寝てますから。疲れが出たみたいです」
さっき結構派手に入ってきたのに、それでも彼女は眠ったままだ。
「ユリア…」
レイ様は細い指先で慈しむようにそっと彼女の頬を撫でた。エドガーさんは後ろで控えているが、心配する目で見ている。
「一旦、話し合いましょう」
僕は一旦隣の研究室に二人を招き、どんな風に発見したのかを共有する。
「そう…これからどうしようかしら」
「そうなんですよ。僕のお昼は買ってきてもらいましたけど、僕らの中に料理ができる人がいるかって話なんです。本当にパンとチーズだけ、みたいになりますよ」
エドガーさんも料理っぽいことができるけど、この人はお菓子しか作れない。それかただ具材を切って煮ただけ、みたいなものだ。どちらにせよ”料理”ではない。
「…残り物とか、ユリアが用意してたジャムとかで乗り切るしかないな」
「そうね、エド。でもユリアの分は…寝込んでしまったのなら、普通のものは食べられないでしょう?」
「そうなんですよね…僕も僕で色々やることがありますし」
まあ頑張って、今日の夕食と明日の昼食までは買ってきたものと残り物で賄えるだろう。しかし、それ以上となると無理だ。僕らには前科がある。
「…仕方ないわね。救援要請よ。家に行ってすぐに使用人を寄越すよう交渉するわ」
「お嬢様…?」
エドガーさんが驚くのも無理はない。
確かレイ様は、実家に行くのは嫌そうだった。家に戻ると、早く結婚しろという言葉と釣書が待っているのだとか。うちに帰ってきた後めちゃくちゃ愚痴っていた。嫌になる気持ちもわかるよ。
「お兄様か執事のステファノかフィアに頼むしかないわね…エド、あなたは送ってくれるだけでいいわ。こっちの人手を減らすわけにいかないでしょう?交渉があるから帰りは別の人間に送ってもらうのでいいわね?」
「はい」
「アルト、あなたはあなたの仕事をなさい。わかっていると思うけど、ジャンとユペにも説明して、協力して回しなさい」
「もちろんです」
彼らはそのままサントロワの屋敷に向かった。うまくいくことを信じよう。
◇
研究室でカルテをつけていたところで、バタン、とドアの開く音がしたので急いで玄関に向かうと、案の定ユペさんとジャンがいた。
「ああ、おかえり。ちょっと今大変なことになってててさ…」
かくかくしかじかと今の状況を伝えると、二人とも一気に心配そうな様子になった。
「それで、ジャンは洗濯物の取り込みと、終わったら夕飯にできそうなものを探して」
「しまうのはリネン室でよかったよね」
「そうだよ。あとは食料庫を見てパンがあるか見てきて。ユペさんはユリアの服とかを直してもらえますか?僕じゃどうしようもないので」
ユペさんはしかと頷いた。
「ジャン、そっちは任せたよ。ユペさん、行きましょう」
僕たちはそれぞれの場所に向かった。
「ユペさん、もう大丈夫ですか?」
「大丈夫ネ」
彼女がユリアの服装を直している間に、僕は額を冷やすための水を持ってきた。
それまでは仕方がないのでお仕着せも髪型もそのまま寝かせていた。今はお仕着せのエプロンを外して、ワンピースの襟元も緩めた。そしてお団子にしていた髪も解いている。
「ユリア、どうしたネ…」
さっきも説明したけど、やっぱり気になるものだ。
「頑張りすぎちゃったんですよ…休めば良くなります」
ユペさんは心配そうにしばらく見守っていた。
「ユペさん、何かあった時呼び出せるようにベルでも作ってくれません?僕とか他の人に伝わるように」
彼女は一つ頷いて、両手を合わせる。
「…〈
手を開いていけば、一振りのベルが現れる。それをサイドテーブルに置く際、チリンと涼やかな音を鳴らした。
今はもう少し、眠らせてあげよう。
―――――――――――――――
そういえば、公的な組織なのに何でこんな状況なんでしょうね?
読んでいただきありがとうございます。
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次話更新は9/1 12時頃です。もう夏も終わりですね。
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