第22話 エドガーさんの部屋
「他の掃除はしないんだったよな?」
「ええ。そんな余裕はございませんので」
なんて言いながら普通に入っていく。彼はメイドがお屋敷でどんな風にしているか知っているからね。
すっきりと整頓された部屋。本当に最低限のものが置いてあるだけだ。お屋敷の住み込みの騎士の方々の部屋もこんな感じだったので少し懐かしい。
「ユリアは誰にメイドの仕事を見てもらったんだ?」
「フィアさんですね。今は副メイド長をされてますよ。でも、実態としては彼女が女性の使用人の中ではトップでしょうね」
答えながら新しいシーツを広げる。
「ああ…フィアか…」
「エドガーさんはフィアさんのいとこだって聞いたんですが」
「俺から見て母方の叔父の娘だな。妙なことを教わらなかったか?」
少し考える。彼の言う「妙なこと」ってなんだろうかと。
「お嬢様に引き抜かれたなら、って身の回りのもので戦える術は教わりましたね」
「ああ…」
頭を抱えだすエドガーさん。
「フィアの母の家の方は元々戦闘に特化した家だったんだ。昔はメイドの仕事なんて嫌だって言って剣を振り回していたのに、今では…」
「なるほど。だからあんなに…」
「あんなに?」
「ゴリゴリに鍛えられたんですか…」
彼女から教わった戦闘方法としては、掃除道具で剣を持った相手に対抗する方法とか、ティーセットでちょっとした刺客を足止めする方法とか。本物に対してやったことはなかったけどね?
お嬢様の側にいるなら、と軽く体術も習った。そういうのはメロー家の方に教わった。あの頃は私もクタクタになるまでやってたよね。今振り返ってみると、指導に加えて通常の仕事もやっていたフィアさんの体力は化け物並だと思う。
「すまんな、色々気合が入りすぎてて…。うちの従姉が…」
「あ、でも指導は三か月くらいで終わりましたけどね。魔法が使えるならそれでいいって」
色々と習ったけど、結局私に関しては魔法を使った方が早いっていうね。そりゃそうだって感じ。そっちの方が強いしね。
「三か月も…」
「マナーや姿勢の指導もありましたけどね?!」
あ、でも未だによく研がれたナイフは使う必要がなくても常に持ち歩くようになったな…。
「それでもすまんな…」
「昔の話ですから、もういいですよ。エドガーさんだって事情はご存知ではありませんか」
「まあそうだがな…。お前がそんなに強く影響されなくて良かったよ」
この人は実力があるのに結構いろんな人に振り回されがちな苦労人なんだよね…。特にお嬢様とか。だから妙に心配性な節がある。
「あと、一つ聞きたいのですが、お嬢様は全然お屋敷に帰られませんよね?」
三年前から魔法警備隊に住み込みだということもあるけど、貴族らしい交流が全然ないんだよね。お屋敷に顔を出してくださるのも、年末とご当主に呼び出されたときくらいだ。その時も渋々行っているとエドガーさんは言っていた。
彼はため息をついてから話し出した。
「ああ、それはな…ご当主や旦那様方が結婚しろと口うるさいからだ。貴族の集まりで適齢期を過ぎても結婚してないのかと聞かれるのが嫌だから、集まりに参加できないように髪も短くされた」
「お、お嬢様…」
やってることがかなりアレじゃないかな。吹っ切れたというか…。
「さらには『仕事と結婚したい』と言っておられた…」
エドガーさんは頭を抱える。確かにこれは深刻な問題だ。貴族令嬢の身でこれは相当である。
「しかし、魔法警備隊が大事なのは事実だ。あちらもそれを理解できているし、代わりの人材も見つからないからお嬢様をどうにもできないままなんだ」
そういうことで、お嬢様は好きになさっていると。本人としてはいいんだろうけど、周りが納得しないのは大変だなと思う。何を選んでも、お嬢様の人生なんだから、私は見守るつもりでいる。
「しかもお嬢様は四人兄妹の末っ子ですからね。お兄様は当主になり、二番目のお姉様は王族と結婚、三番目のお姉様は隣の領のご当主と結婚なさいましたからね。もうサントロワ家はこれ以上何を望むって話なんですか」
「そうなんだよなぁ…」
身分がいい人と結婚でもすれば、貴族のパワーバランスが崩れかねない。かといって本人の幸せを考えればあんまり身分が低いところにも嫁に出せないだろう。
その上本人が結婚したがらないのだから、ご当主と先代が考えあぐねるのもわかる話である。
「…もしお嬢様が結婚なさるとなったら、エドガーさんはどうするんですか?」
「どうだろうな…護衛は向こうにもいるだろうし、そのときはここで働くか、当主の護衛になるか、結婚でもするんだろうな」
私からすればちょっと不安になる言い方だった。やることはわかっているだろうけど、それじゃあ心が置いてきぼりのままだろう。何年もお嬢様を大切に守ってきたのは私も知っている。その人がいなくなった時、いなくなった存在の大切さに気づく瞬間があるのだろうから。
「ユリアはどうするんだ?」
「私は一介のメイドですから。魔法も少し使えますし、ここで働くかお屋敷で働くかだけでしょうね」
孤児だったのにサントロワ家に仕えているだけで万々歳だ。労働環境もいいし、給料もいいし。
「そうか…」
彼はこのまま半日休み。でも私は他のこともやらなければならないので、一礼して部屋を後にした。
廊下を歩きながら、彼と話をするときは、お嬢様のことばかりだと思った。
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ってか共通の話題がお嬢様のことかお屋敷のことしかないんですよこの二人。
読んでいただきありがとうございます。
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次話更新は8/25 12時頃です。
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