第21話 アルトさんの部屋/植物園
「まあユリアに任せるよ。お屋敷でもやってたんだろうから、やることはわかってるだろうしね。さ、どうぞ」
「失礼いたします」
予想通り、綺麗な部屋だ。小物も統一感がある。白とダークブラウンと差し色のグリーンが穏やかな感じでいい。部屋とアルトさんとを視界に入れていると、「この人がこの部屋を作ったんだろうな」というのがよくわかる。
そしてサクッとベッドメイキングをする。部屋のレイアウトも人が動くことを想定している。こういう部屋にするのは、完全にわかっている人だ。
「このお花は?」
「植物園と花壇から何本か取ってきて飾ってるんだよ。今度ダイニングとか談話室にでも置こうかと思ってるんだ」
おしゃれ過ぎない?花まで嗜んでるの?この人。
色々と上流階級の素養がにじみ出ている。最初に名乗られたときも名前しか聞いていなかったけど、やっぱり絶対に上流階級の方だ。本人から名乗らない限り家名は聞かないでおいた方がいいから聞かないでおくけど。
ってか私皿洗いの手伝いとかお茶入れてもらったり色々やらせてない?死なないよね私?貴族に対して私なんて吹けば飛ぶような存在ですけど?
「…どうかした?」
「いえ!何も!」
いやいや、温厚な彼がそんなことするわけがない。そもそも貴族という意識が強い人なら、家名を名乗っているだろう。忘れそうだけど、ちゃんとしないとね。
「そうだ、植物園は案内してなかったね。見ていく?」
「はい。見てみたいです」
…ここで断れる人います?いませんよね?
◇
植物園と聞いて、ちょっとした畑のようなものを想像していたけど、実際はかなりすごかった。
「…ここなんですか?」
「ここだよ?」
目の前にあるのは小さなガラスドームの温室。作るのにいくらかかったんだろうね。
「中、暑いから気を付けてね」
私も続いて入ってみると、むわっとした熱気と緑の気配に包まれた。上からはガラス越しに初夏の日差しが降り注いでいる。朝に水やりをしたのか、たまに残っている水の粒がキラリと光った。
真ん中に丸い花壇があって、通路を挟んでぐるりと植物が植えられている。どれもよく手入れが行き届いているのがわかる。
それを右回りに見ていく。
「この辺りは森から採ってきたものだね。どんな効果があるのか、どんな生育環境がいいのか、生育環境による変化はあるのか、色々な実験をしてるよ」
「森から採ってきたのに育ってるってことは、成功してるってことなんですかね?」
「成功や失敗というものではないかな。ただの結果だよ。ここで育てたのが毒性をもったりしたらそういうものだってわかっただけだし、もっとよく育ったら何で森で生きてこられたのか考えるきっかけになる」
研究というものは難しいものだということはわかった。
「こっちは大体薬草かな。場所が余るから奥の方は野菜や果物を植えてるね」
「トマト、ナス、ズッキーニ、カブとかもありますね」
「当たり。この辺りも収穫したら料理に使って。味はどうかわからないけど」
トマトはカプレーゼにしたいな。これから真っ赤になりそうだ。ナスやズッキーニはパスタに入れてもよさそう。カブはサラダに入れるか、スープがいいかな。
「ここにある果物は少ないけど、外にレモンとかオレンジが植えられてるのは見たかな?そういうのも好きにしてもらっていいからね」
「オレンジがもう少しでいい感じになりそうでしたね。あれ、ママレードにしたいです」
「いいね、お茶に入れると美味しいやつだ。それに氷水で割ってもいい」
アルトさんもニヤリと笑う。美味しい食べ方を知っているようだ。普通に食べてもいいし、砂糖漬けを作ってそのまま食べてしまってもいいかもしれない。
そうしてまた別の方へ歩く。
「その隣が…」
「ローズマリー、レモングラス、ミント、タイム、バジル…ハーブですか!」
「当たり。いわゆる香草やハーブと呼ばれるものだね。料理に使うくらいなら持って行ってもいいよ」
「香草焼きとかいいですね。ミントは水差しに入れてミント水にしてもいいですし。バジルでジェノベーゼソースを作ってもいいです。あとさっきのトマトと合わせてカプレーゼにしましょう!」
ハーブを使ったメニューはいくつも知っている。余ったらハーブ塩にしても長持ちする。バリエーションが増えそうだ。
「香草焼きいいよね。魚を焼いたのが特に好きかな」
「それならオーブンも早く復活させないとですね。あとはユぺさんに魚を捌く用の包丁も作ってもらわなくちゃ」
「オーブンが使えるようになったらパイとかもできるよね」
「あー、できますね」
さっきから食べ物の話しかしてない。お腹空いてきちゃったよ。
◇
最終的にその日の夕食にはパスタにバジルを添えて出した。
採ってきたばかりだからか香りがとてもよかった。
―――――――――――――――
彼も、何者なんでしょうね。
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次話更新は8/24 12時頃です。
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