第20話 ジャンの部屋
さらに翌日。
「わーいユリアちゃんが来てくれたー」
「仕事ですけどね?」
「何する?カードとかあるけど」
「仕事します」
ここにモップがあれば確実に刺してた。命拾いしたね。
「じゃ、どうぞどうぞー」
軽い感じで手招きされる。微妙に入りたくもない気がするけど……仕事ですから。
そして実際中を見てみると、
「意外と綺麗…」
「意外って酷くない?」
部屋はすっきりと片付いていて、棚に所々香水瓶みたいな小物が置かれているだけ。置き方も趣味がいい。服もちゃんとしまってあるみたいだし。心底意外としか言いようがない。
「部屋はきれいにしろって、昔から言われてたんだよね」
へぇ、それもまた意外。
…まあいいや、仕事仕事。これまた小綺麗に布団が畳まれたベッドに向かう。
そこからは一瞬である。内容は変わらないから割愛。
「早っ!もう終わり?!」
「メイドですから。私より早くてうまい人なんて、ざらですよ」
私は籠を持ってサクッと引き揚げようとした。このあとは洗濯物の取り込みがあるし。
「本職は違うわー…店のヤツらにも見習わせたい」
「…店?」
思わず足が止まる。振り向くとぱちりとトルマリンのような目が合った。
「…みんな知ってるからユリアちゃんにも話してもいっか」
いつもヘラヘラしている彼からはあまり聞かない口調だったので、しっかりと向き直る。
「俺、娼館街で生まれたんだよ。そこにいた娼婦と客の男の間から生まれた」
「えっ…?」
「知ってるでしょ?あそこのこと。治安も悪くて、一人じゃとても歩けない場所さ」
彼はさっき整えたばかりのベッドに、ぽすりと座り込んだ。
このサントロワ領にも、娼館が立ち並んでいたり、貧民がいたりするエリアがある。全体としては治安が良い方だと思うけど、全てがそんなわけじゃない。
つまり彼の言う”店”とは、そういうお店なんだろう。
「そこで生まれたら、女は娼婦か洗濯担当、男は他の下働きになるだけさ。俺も下働きとして働いてた。生活が変わる希望なんてない。そこで生まれたなら、一生そこから出られない。…そのはずだった」
私はただ黙って聞く。
「ある日、俺は魔法が使えることに気づいた。おとぎ話みたいに呪文を唱えたら、本当にできたんだ。俺が魔法が使えることに周りの大人が気づいて、『お前はここを出るべきだ、魔法警備隊に行けばここから出られるぞ』って」
それで、彼はここに連れてこられたという。
「…あんなに簡単にあそこを出られるとは思ってなかった。あまりにも簡単すぎて、騙されたのかと思った。娼館街生まれの俺にも、平和な生活が保障されてた」
ぎゅっと、綺麗にしたシーツにしわが寄る。
「魔法とか、才能がなければ、あの場所から出られないのか?…俺たちは、生まれる場所を選べないのに」
そのような言葉には、私も聞き覚えがあった。
「…私も才能で拾ってもらった身なので、残された人たちにかける言葉は、とても見つかりませんよ」
「…ユリアちゃん…?」
「私もスタートは同じようなものですから」
孤児院で暮らしていた。他の子と同じように、希望なんてなかった。自分の運命を何度も嘆いた。
しかしある時、レイお嬢様が魔法を教えてくれた。そしてお嬢様の計らいでメイドとして働けるようになって、読み書き計算も教えてもらった。
…いや、孤児というたかが知れている人生から救い出してくれる、運命を変える魔法をかけてくれたのかもしれない。
「あなただって、チャンスがあるだけいいじゃないですか。自分の人生ですから、まずは自分のために動いてはいかがですか。その間に、彼らに還元できることもきっとありますよ」
私はそうしています、と最後に付け加えた。
私の場合はお嬢様をはじめとしたサントロワ家に仕えることによって、私のような孤児の存在を認めさせることができると思っている。この領地の支配者の目に止まるだけでも、きっとよりよい未来に繋がっているはず。
「…そっか」
彼は納得したように呟いた。
「…ところでユリアちゃんはさ、俺にだけ厳しくない?」
いや急。急すぎない?しかも態度も元通りだし。今のこの一瞬で何があったのよ。
思うところはあるけど、質問には答えよう。
「はっきり申し上げれば、あなたの態度が悪いからです。ものを頼む態度ってあるでしょう?礼儀を尽くして接してくだされば、私もそのように礼儀を返します。それだけです」
メイドとして働き始めた私が一番最初に学んだこと。とにかく礼儀。
失礼のないように、というのももちろんだけど、相手の礼儀に合わせることを言われた。人の心は振る舞いに表れる。位が下の人でも礼儀正しければ信頼度は上がるし、態度が悪ければそんな三下に優しくする必要などない、となるのだ。
私たちはそもそも人間だ。道具ではない。感情や心がある。給料も貰っているけど、心は給料でどうにかなる物じゃないからね。
「レイ様とかアルトさんみたいにってことでしょ?俺、そういうのできないんだよね」
「人に対する態度が良ければ、あなた自身をより良く見せることができます。私もそうですから」
言葉遣いを直した。姿勢や歩き方も綺麗に見えるように特訓した。態度ひとつで、ここまで見せられるのだ。
「…はは、ユリアちゃんに言われると説得力すごいね。参考にするよ」
彼はここを動く様子がなかったので、私はそのまま一礼して部屋を出た。
◇
彼は翌朝からもう少しだけしっかり起きた感じで「おはよう」と言ってくれるようになった。
遠い国の言葉では、千里の道も一歩から、って言うのかな。
―――――――――――――――
スタートは似たようなものでも、努力次第で変わる。
もちろん運命もあるけど、そのへんは対照的かも。
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次話更新は8/23 12時頃です。
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