第15話 お嬢様 meets 洗濯


 翌朝はスクランブルエッグと付け合わせのパン、それにジャムとバターを添えて出した。

 簡単なものだけど、食料庫が使えるからだんだん豊かになっていくと思う。しかも昨日の魔法陣を起動させてみたら、ひんやりとして本当にいい感じの保存環境になっていた。

 その時一緒に覗いていたアルトさんが「薬品の保存に最適じゃないか…」と言っていた。別のところに役立ちそうで何よりです。


「今日は魔物の出現率が低そうね。アルト、フィールドワークに行きたいって言ってたでしょう?今日のうちにエドといってらっしゃい」

「はい。お心遣い感謝いたします」


 その代わりとしてレイ様が今日はここに残るらしい。


「ユリア、お昼は作ってちょうだい。内容はユリアに任せるわ」

「はい!」


 ◇


 午前は先に洗濯をやる。午前に干せば夕方には乾く。


「〈泡沫バブル〉…〈渦巻アクア・トルネード〉」


 それにリネン室から引っ張ってきた洗濯物を入れる!本当なら綺麗なものを置いておく部屋だったのに、あんなになってしまうなんて。でも他に置く場所もなかったんだろうね。そこは私がどうにかしないと。


「これ、便利だけど石鹸の消費が激しいんだよねー…時間があれば普通に洗うようにしてある程度消費を抑えるのもアリか…」

「〈泡沫バブル〉の方でどうにかすればいいんじゃないの?」

「うわっ、お嬢様!?」

「こっちではレイ様、でしょう?」


 いけないいけない。つい反射で。


「おじょ…レイ様、何かございましたでしょうか…」

「そんなに慌てないでちょうだい。魔法の気配がしたから来てみただけよ」


 レイ様がぐるぐる回る洗濯桶の中をまじまじと覗く。こんな使用人の仕事を…


「これで洗濯してるの?」

「…できそうだなって思ってやってみたら案外上手くいってるんです…」


 普通は手洗いだから、こんなことはやらない。レイ様もそれはご存じだろう。


「ねぇ、これ〈泡沫バブル〉と〈渦巻アクア・トルネード〉でしょう?私がやっていいかしら」

「レイ様!?」

「私は洗濯をしてるんじゃないわ。魔法を使うだけよ」


 有無を言わせぬ笑み。私は仕方ないと頷く。これ、ご当主様が見たらどんな顔をするんだか。


「〈泡沫バブル〉…〈渦巻アクア・トルネード〉」


 私はこれ幸いと洗濯物をガシガシ追加する。レイ様が魔法を使うなら、私は洗濯をするのみである。


「あんまり早くすると水がこぼれるので注意してくださいね」

「桶の高さが低いものね。〈泡沫バブル〉の方を強く調整すれば良さそうね。ユリアがこのやり方でやるならもっと背の高い桶とかに買い替える?」

「いえ。これだと洗い終わったものを取り出すのに丁度いいんです」


 水を吸ったら重いのよ。洗濯は重労働なのである。タオルとか小さいものならいいけど、ベッドシーツとかは大変なんだから。


「重いなら最後にこう…〈水球アクア・ボール〉で水分だけざっと抜けば?ユリアくらいならできるでしょう?」

「……お嬢様は天才ですか?」

「元々そうではなくて?」


 何でもないように言いながら、実際は嬉しそうに微笑む。これが私の大好きなお嬢様なのである。

 結局、レイ様は洗濯物を干すのも手伝ってくれた。「いつもメイドのあなたたちが楽しそうに仕事をしているから、私もやってみたかったのよ」なんて言いながら。

 そんな環境にしてくれているのは、レイ様たちサントロワ家の懐の深さがあるからなんですけどね。


 ◇


「お昼は何を作ってくれるの?」

「ちょっと仕込んでおいたんですよ」


 食料庫に置いてあった平皿を取ってくる。そこには卵液に浸けておいたパンが数切れ。


「で、フライパンにバターを用意いたしまして、焼きます」


 バターがぷつぷついってきたらパンを入れる。その間にお皿を二人分用意する。

 焼けてくると美味しそうな甘く香ばしい香りが漂う。


「フレンチトーストね!」

「さようでございます。お好みの甘さ控えめにしてあります」


 フライパンを振ってパンをひっくり返す!焼き目もいい感じ。

 残りも焼いてしまって、最後に切ったオレンジも添える。皮と種はこの時に取ります。


「これで出来上がりです」


 そういうわけでいざ実食。


「あー、もうユリアったら、完璧な仕上がりね」

「ふふふ。光栄でございます」


 お茶があれば最高だった。今度買ってこなくちゃ。いい感じの茶器は発掘したし。


「ユリア、ここに来てみてどうかしら。不満とか、何か思うことはない?」

「特にございません。皆さん親切な方ばかりですし」

「そう。仕事としてはどうかしら」


 それは色々思うことはあるけど、強いて言うなら…


「やっぱり私だけじゃ人手不足ですね。お屋敷ほどではないですが、そこそこ広いので維持管理が大変そうだなと思うことはあります。どこかを疎かにしたら、ここはすぐにダメになりそうですから」


 現に、ダメになってたし。


「そう…やっぱりお兄様に頼むしかないわね。今度お兄様に手紙を書くわ。騎士団ほど人数が多くないんだから、家事手伝いがいてもいいでしょって。それでいいかしら」


 騎士団は人数がもっとたくさんいるので、掃除や洗濯くらいは騎士団員が当番制で回していると聞いたことがある。料理はちゃんと料理人がいると聞いたけど。


「よろしいのですか?」

「私に聞かないで。あなたに聞いてるの」


 青い目がこちらをまっすぐ見据える。


「では…一人でもいれば、協力して回せると思いますので…それでお願いします」


 レイ様は私の交渉の腕が鳴るわ、と微笑みを浮かべた。



―――――――――――――――

たまにお嬢様呼ばわりが出ちゃいます。反射です。


読んでいただきありがとうございます。

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次話更新は8/11 18時頃です。

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