第14話 洗濯物の行方


「あああ取り込まないと!」


 夕食の直前に洗濯物を取り込んでないことに気づいた。

 外を見ればもう暗くなってるし、風が出てきたらどこか飛んで行ってしまう…ってか飛んでるかもしれない!

 不注意で財産を無駄にするなんて、やっちゃいけないことの一つだ。


「洗濯物?…エド、ジャン、ちょっと手伝ってらっしゃい」

「仰せのままに」「ういー」


 呼ばれた二人は、慌てて走る小柄なメイドを追いかけ始めた。


 ◇


「〈夜目ナイト・サイト〉」


 魔法で暗い中でもしっかり見えるようにしてみても、洗濯物は飛んでない。よかった…

 足音に気づいて振り向いたところで、強い光に目がくらむ。


「ユリア、手伝うぞ」


 声からするとエドガーさん。でも足音はもうひとり。


「ねぇこれ乾いてなくない?タオルとかは乾いてるけど…テーブルクロスはまだじゃない?」


 魔法を解除してもう一人を確認すると、ジャンだった。ウェーブがかかった髪は、夜の中でもわずかな光を反射して白く見える。見た目はいいんだよね、見た目は。


「午後に干したからまだなんだ…どこか干す場所もないし、〈そよ風ソフト・ウィンド〉でどうにか…」

「〈そよ風ソフト・ウィンド〉」


 ざあっと、風が吹いた。

 その風は私の前髪をさらって、洗濯物に吹き付ける。そして洗濯物は大きく舞い上がった。


「ちょっ……飛んじゃってる飛んじゃってる!」


 慌てる私。あんなに飛ばしちゃってどうするのよ!

 なすすべもなくあわあわと立ち尽くしていると、その男は風を操りながら笑う。


「まあ見てなって」


 舞い上がった洗濯物たちは、空中で綺麗に弧を描いていく。並んでいくさまは、まるで空を飛ぶ鳥のようだ。それは最終的に術者である彼の手元へ、ふわっと洗濯物が重なった。


「はい、これで全部?」


 ニッ、といたずらが成功した少年のような笑みを浮かべて渡してくる。


「……全部です…ありがとうございます…」


 改めて渡されたものを見ると全部畳まれている。しかもその上には洗濯ばさみまである。魔法で風を操ってこれをやったってことでしょ…?


「それと髪もね。ユリアちゃんはカワイイんだから」


 あまりの技術に呆然としていると、風で乱れた前髪をそっと直された。そして何にもないように屋内に戻っていく。


「エドさん、視界の確保助かりますよー」

「お前は俺のことをエドガーと呼べと何度言ったらわかる?バカなのか?」

「えぇー、長いじゃんそれだとー」


 ……失礼な人間だと思っていたけど、意外とやるじゃない。ちょっと見直しちゃった。


 ◇


 ダイニングに戻ると、レイ様たちは食べずに待っていてくれた。


「洗濯物は無事?」

「はい。おかげさまで」


 取り込んだものは一旦花瓶などを置く小さなテーブルに置いた。ようやく全員が席に着いたところで、ほっと一息つく。


「それじゃあ、いただきましょうか」


 レイ様の一言で、みんな目の前の料理に手をつける。

 私も食べてみると熱々ではなくなっているけど、むしろちょうどいい。味もトマトの酸味がクリームでまろやかになっていておいしい。チーズがあったらもっとよかった。削るやつも見当たらないので今度買ってこよう。


「ん!うまっ!」

「ユペサン、これ好きネ!」


 うん、今日も好評。美味しそうに食べてくれると、私も嬉しい。


「これいいね。さっすがユリアちゃん」

「…それはどうも」


 この男に少し思うところはあるけど、今日は洗濯物に免じて許そう。


「ユリア、お茶飲んだ?僕が淹れたけどどうかな?」

「あれ、いつの間に…!お茶なら私がご用意しますって」

「いいんだよ。僕の手持ちの茶葉だから」


 食器がすべて使えるようになったからか、アルトさんがお茶を淹れてくれたらしい。しかも茶葉も自前。


「…おいしいです。これはハーブティーですかね?これだと…カモミールとか?」

「そうだよ。カモミールも入ってるし、飲みやすいようにちょっと紅茶も混ぜてあるけどね」


 そして嬉しそうに微笑んだ。こだわりがあるらしい。アルトさんはいい人オーラがあっていつも空気感の口直しに助かってます。お茶だけに。


「アルト、ティー好きネ!ティー、売れるネ!」

「売れますかね?」

隊商キャラバン、茶葉よーく売れたネ。どこでも売れるネ」


 ユペさんは隊商キャラバンと言った。確か東の方ではそう呼ばれる人たちが異国の商品を運んでくるのだと聞いたことがある。彼女はかつてその一員だったのだろう。


「茶葉、軽い。売れる、高いネ」

「ああ、茶葉は軽い割に高値で取引されますもんね。運びやすいなら売れ筋になるのもわかりますよ」


 コクコクっとユペさんが頷く。


「普通の商品、茶葉、一番売れるネ。本当の一番、武器ネ!剣、よく売れるネ!」


 みんなちょっと青ざめている。このように、たまに物騒なことを言うのがユペさんなのである。

 それと裏で武器売ってたとか言っちゃっていいのかな…?

 …まあ私は聞かなかったことにしよう。


―――――――――――――――

読んでいただきありがとうございます。

よろしければ応援よろしくお願いいたします。


次話更新は8/10 20時頃です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る