第6話 方針


 メイドの朝は早い。

 誰よりも早く起きて身支度を整える。そして普段なら窓を開けて風を通して、井戸から水汲みをする。それから…


「料理ね。何を作ろう…」


 昨日のうちに戸棚を漁ってみたら、小麦粉の袋と豆の袋が数種類見つかった。

 これにさっき買ってきた食材があれば、まだいいんじゃないかな。


 豆は下処理に時間がかかるからパス。使うべきは小麦粉だ。小麦粉を水で溶いて生地を作る。ちなみにボウルがないので昨日発掘したスープ皿を代用している。

 さらに意を決してやたら黒いかまどの方に行ったら、フライパンを見つけたので昨日の焚火コンロにセット。おたまで生地を流し込む。

 薄い生地の表面がぷつぷつ焼けてきたところで、フライパンを振ってひっくり返す! この時おたまでやるのは無理だから風の魔法を使えば失敗しないね!

 ひっくり返してすぐ、ベーコンを二枚入れる。生地の端を少し畳んで四角く囲む。そして卵を割り入れる。ああ、もちろん片手でできますよ。そのくらい。

 卵がいい感じに固まったら、お皿に盛り付けて出来上がり。


「外から気配がすると思ったらここで料理してたのか…」

「あのキッチンで料理ができるという方を一目見てみたいですね、エドガーさん。あ、そちら運んでいただけますか?」

「……おう」


 はい、どんどん行こう。六人分作らないといけないからね。最初の人のが冷めちゃったら可哀そうだ。


 ◇


「あら、ガレットじゃないの。久しぶりね」

「ガレット、美味しいネ!」

「焼き加減がいいですね」

「ああ。あの外の焚火で作ったとは思えんな…」


 今日の朝食も好評だ。一人を除き。


「おかわりないの?ユリアちゃん」

「………本日のあなたの夕食がなくなっていいのならおかわりを作って差し上げますよ」


 皮肉混じりの返事をする。エドガーさんに頼んで一番最初に作った冷めてるやつを彼の席に置いてもらったのがせめてもの腹いせだ。

 食料庫が使えなさそうなので食材もなるべく早く使い切らないといけないし、買い物が大変だ。キッチンの復旧作業より、食料庫を優先した方がいいかも。なんてことをカウンター横に控えつつ考えていると、


「…ユリア、あなたの分はどうしたの」

「私の分の食器は調理器具代わりに使ってしまったので…」

「あらそう。じゃあ今は仕方ないけど、次からはあなたも一緒に食事をとりなさい」

「いえ!私は使用人ですので…」


 メイドをはじめとした使用人は主人たちと一緒に食事をとることはない。そう決まっているのだ。


「あなただけ立たせているのは、見ていて気分が悪いの。こっちが悪いことしてるみたい。それから一緒に食事をとれば、時間が無駄じゃなくなるでしょう?」

「……」


 そういうことで形式を崩していいのだろうか。私は答えられない。


「そうネ!ゴハン、冷めるネ!美味しくないネ!」

「僕も賛成です。そんな堅苦しい場所じゃないし」


 さらに二人が同調した。レイ様がそう言うなら、エドガーさんもきっと従うだろう。そうなると、過半数だ。


「……次からはそのようにさせていただきます」


 そんなに言うなら折れるしかないじゃないでしょ。


「レイ様、やりぃ」

「ええそうね、ジャン」


 少し遠くにいるその男が、レイ様に肘で小突くような仕草をした。それでも彼女は寛容に微笑んでいた。


 ◇


 今日も見回りに行ってくる人を見送って、ダイニングで一人、朝食をとる。


「ユリア」

「…アルトさん。どうなさいました?おかわりはありませんよ?」

「ははは。そんなことじゃないよ。一人じゃ寂しいだろうから、僕が話し相手になろうかと」

「どうかお気遣いなく…」


 なんて言っても、彼は一切聞いていないように優雅に椅子に座った。


「ユリアは、掃除とか物品管理とか、専門職のメイドじゃないんだね」

「ええ。お屋敷では当番制でやっていまして。本当にその仕事が得意な方は固定でしたが、私のような者はすべてできるようになりますね」

「へぇ。君は器用だね」

「お誉めにあずかり光栄でございます」


 本当にここ数年、文字通り血のにじむような努力をした。そこらの孤児がメイドなんてまっとうな職につけるのは本当に奇跡でしかない。だから必死になって食らいついた。


「うちの方針を説明しておくね。君は食べながらで申し訳ないけど」


 ここでは毎日、天候や魔物の出現率に合わせて動いている。

 それで今日は晴れているので、二人が森で弱い魔物を狩ってきて、二人が他の畑が多いエリアと街を回ってきて、残りのアルトさんが留守番らしい。


「うちでよくあるやつだね。こうしてみんなバラバラだからお昼は各自調達かな」

「アルトさんはどうなさるのですか?」

「適当にその辺で買ってくるからいいよ。この惨状をどうにかしてくれるんだから、君の仕事を増やしたくない」


 ありがたい申し出なので受け入れることにした。とりあえず作業時間が欲しい。


「夕方過ぎにはみんな帰ってくると思うから、夕飯はそのくらいがいいと思うよ。あと食費についてはこの紙に書いてあるから、それでよろしくね」

「かしこまりました」


 ここ数年で読み書き計算もできるようになったし、帳簿もつけられるようになった。その経験が確実に活きている。



―――――――――――――――

次は結構魔法使います。


読んでいただきありがとうございます。よろしければ応援よろしくお願いいたします。

評価(☆のはず)とかエピソードごとの♡とかめっちゃ嬉しいので…!人間なんですから褒められたらうれしいじゃないですか。そういうことですよ。


次話更新は8/6 8:20です。

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