第25話 盾の乙女
──なぜ喪服を着ているんだ?
今日は前夜祭があり、明日は婚礼が執り行われる。祝福すべきときに喪服を着ているのはどうも腑に落ちない。レインが戸惑っているとリリーは前を向いたままポツリとつぶやいた。
「マリアお姉さまはお父さまが亡くなってからずっと喪服を着ているの」
「そうなんだ……」
レインは驚きつつも姿勢を正してマリアを出迎える。黒衣の一団が船から降りるとリリーはクロエと一緒に近よってゆく。すると、マリアを取り巻く人物たちが一斉に道を開け、リリーに向かって頭を下げた。
「マリアお姉さま、お久しぶりです!! 来ていただいて光栄ですわ!!」
「……」
リリーが声をかけるとマリアはゆっくりと振り向く。その
「こちらがレイン・ウォルフ・キースリング。わたしの夫となる方です」
「マリア殿下、お初にお目にかかります。わたしはレイン・ウォルフ・キースリングと申します」
「あなたがレイン・ウォルフ・キースリングですか……」
マリアはレインよりも少しだけ背が高い。レースが付いた小さな黒い帽子をかぶっており、銀髪が陽に輝いていた。大人びた女の声だが、どこか陰鬱な雰囲気も併せ持っている。
「わたしはマリア・ルキウス・グランヒルド・アイリス。『聖母神ブリュンヒルド』に仕える『
『
「お会いできて光栄です。このたびはウルディードまでお越しくださり、誠にありがとうございます」
「……」
マリアは小さく頷いて
──やっと謁見が終わった……。
重圧から解放されたレインは胸をなでおろしていた。
× × ×
神聖グランヒルド帝国の先帝ルキウスにはリリーを含めて5人の子供たちがいる。
皇太子、アレン・ルキウス・グランヒルド・ミトラス。
第二皇子、ソロン・ルキウス・グランヒルド・アムルダ。
第三皇子、テオ・ルキウス・グランヒルド・テンティウス。
第四皇女、マリア・ルキウス・グランヒルド・アイリス。
第五皇女、リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤ。
神聖グランヒルド帝国においては誰もが絶対的な権力者だった。レインが解放感に浸っているとリリーが右手をそっと握ってくる。驚くレインにリリーが微笑みながら語りかけた。
「わたしの家族に会えたわね……」
「うん。本当に光栄だよ。紹介してくれてありがとう」
「……」
レインが素直に喜んでいるとリリーは手を握る力を強める。その強さに意図を感じてレインはリリーを見下ろした。
「リリー?」
「ねぇレイン、あなたはわたしと結婚する。
リリーはレインを見上げながら切なげに瞳を潤ませる。だが、艶やかなさくら色の唇から放たれた言葉はとても恐ろしいものだった。
「あなたとわたしで帝国を支配することができるわ」
「……」
レインは冷たい手で心臓をなでられた気がした。幻聴だったのではないかと耳を疑ってしまう。恐ろしくて聞き返すことはできないが、初めてリリーの本音を聞いた気がした。言葉を失っているとリリーが面白そうに顔を覗きこんでくる。
「レインはウルドの狼なんでしょう? その牙は何のためにあるの?」
「……リリー、冗談が過ぎるよ」
「……」
リリーは何も言わなかった。愛らしい笑みを浮かべているが目は笑っていない。青い瞳を冷たく輝かせながらレインの右腕に両手を絡ませる。そして、身体を押しつけるように強く抱きかかえた。レインは右腕に柔らかな感触を感じて固まった。
──リリーは何を考えている……。
未来の夫としてリリーの失言を注意するべきだ……と考えていても言葉が思いつかない。それどころか、レインの鼓動は高鳴り、視線はリリーの白い首筋やふくよかな胸元へいってしまう。リリーはそんなレインの心情を見透かすように唇を動かした。
「ごめんなさい、レイン。あなたが緊張しているのを見ていると可愛くて……またからかってみたくなったのです」
リリーは動揺するレインに甘くささやきかける。その後ろでは
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