第22話 秘密02

 レインとベルは侍女に案内されて貴賓室へ向かった。すれ違う親衛隊員たちはどこか物々しく、目つきも鋭い。二人に一礼すると足早に去ってゆく。



「妙に緊迫した雰囲気だね。殺気立っているというか……戦場にでも向かうみたい」



 それとなくベルがレインへ話しかける。レインは小さく頷いた。



「明日にはガイウス大帝やリリーの兄弟たちも到着する。リリーは花嫁で主役だから警護も大変なんだよ」



 レインの返事はどこかうわそらで緊張感にかけている。落ち着かない様子を見たベルは『明日はレインも主役だろ』という言葉をのみこんだ。



「レインはリリー殿下に会えるから嬉しいんだね」

「い、いきなりどうしてそんなことを」



 レインが驚くとベルはクスクスと笑う。



「だって、見てればわかるよ。僕たちは幼馴染なんだから」

「……」

「変に緊張しているとリリー殿下にからかわれるよ……鉄仮面でもつける?」

「うるさいぞ、ベル」



 軽口を叩いていると貴賓室につく。侍女が二人の到着を告げると扉が開いた。



「レイン、ベル、よく来てくれました!!」



 リリーは部屋の中央に立って二人を出迎えた。後ろにはソフィアが直立し、部屋の隅にはクロエも立っている。



「とても嬉しいです!!」



 嬉しそうに微笑むリリーは淡い緑色のノースリーブドレスを着ている。軽やかなよそおいはリリーの魅力を引き立たせていた。ドレスから覗く肩や胸元は外光を浴びて艶やかに息づき、軽やかな銀髪は宝冠ティアラと相まって神々しいほどに輝いている。



「久しぶりですが元気していましたか?」

「はい。リリーも元気そうで何よりです……」



 『君と会えなくて寂しかった』……レインはそう言いたかったが、言葉が上手く出てこない。すると、リリーは近よってレインを見上げた。青い瞳はなぜか憂いをびている。



「この1カ月の間、花嫁としての準備がありました。それに、帝都を恋しく想う気持ちもあったのです。レインへの愛しい気持ちであふれているはずなのに……レインを不安にさせたのなら謝ります。これでは花嫁失格ですよね」

「そ、そんなことはありません!! 謝らないでください!!」



 レインは思わず語気を強めた。レインは『リリーこそ不安だったに違いない』と思い、胸が苦しくなった



「リリーは生まれ故郷を離れて遠くウルドまで来たのです。不安になって当然です」

「でも……」

「今、リリーは僕の傍にいてくれる。それだけで十分です」



 本音だった。レインはリリーと会えない間に、自分でも驚くほど恋心を募らせていた。不安げなリリーを見ていると心がざわついてしまう。肩を抱きよせて安心させたいとまで願った。



「そう言ってくださるなんて……嬉しい……」



 リリーは青い瞳を潤ませている。急にレインは自分が並べた言葉が恥ずかしく思えた。いたたまれない気持ちになり、ベルを見ながら話題を変えた。



「今日はお尋ねしたいことがあって参りました。ほら、ベル? そうだろ?」

「え? あ、はい!!」



 話題を振られたベルは慌てて頭を下げる。そして、親衛隊の家財道具やリリーの花嫁衣装が見当たらないことを告げた。



「もし不手際があればウルド国の名誉、そして婚礼にも関わります。リリー殿下に直接お尋ねしたいと考えて参上いたしました」

「そうでしたか……」



 リリーはベルの報告に耳を傾けていたが、やがて笑顔になった。



「このたびの婚礼は急なことであり、親衛隊や近侍隊きんじたいには不便をかけています。家財道具は追々おいおい、帝都から届くでしょう。そして、花嫁衣装はガイウス大帝おじいさまの本隊とともに運ばれてきます。ですから、どうかご心配なさらず……」

「さようでございましたか。ご説明いただき、ありがとうございます」

「いえ、こちらも言葉足らずでした。気にかけてくださり、ありがとうございます」

「もったいないお言葉にございます」



 リリーの口から直接『心配無用』と聞いたベルはホッと胸をなで下ろした。恐縮しながら再び頭を下げる。すると、リリーはレインの方を向いた。



「レイン、用事が終わったのでしたら二人で少し外を歩きませんか?」

「え!? 今からですか!?」

「はい。せっかくですのでウルディードを案内してください!!」



 リリーは青い瞳を輝かせてレインを見上げる。それは、幼い子供のように無邪気で可愛らしい笑顔だった。レインは嬉しかったが、状況を考えると躊躇ためらってしまう。婚礼を控える皇女を連れ出すのはおそれ多いことのように思えた。それに、警護の問題もある。



「そ、それは……」



 レインが困り顔になるとリリーは眉根をよせた。



「久しぶりに会えたのですよ。レインはわたしと一緒に過ごすのが嫌なのですか?」

「そんなことはありませんが……」

「だったら……お願いします」



 「お願いします」と静かにささやくリリーの唇はとても艶やかでレインの心を惑わせる。今度はリリーの姿があでやかな大人の女に見えた。レインはリリーの魅力に逆らえず、言われるがままうなずいた。



「わかりました。お供いたします……」

「やった~!! 嬉しいです!!」



 リリーが喜ぶと同時にソフィアがゆらりと動く。ソフィアの「一緒に行きます」という気配を察したリリーは振り返って釘を刺した。



「ソフィー、わたしはレインと二人きりで行きたいの。親衛隊を引き連れるなんて、大げさなことはしたくないわ」

「し、しかし……」



 ソフィアがリリーの軽率な言動に戸惑っていると、クロエがクスクスと微笑みながら前へ出た。



「リリー、ソフィーを困らせたらダメだよ」

「だって……」

「警護なら近侍隊が引き受ける。それならソフィーもいいでしょ?」

「……それなら……まあ……」



 ソフィアが渋々ながらも頷くとクロエはリリーとレインを交互に見つめた。



「目立たないようにするから、リリーはレインさまとのデートを楽しんでね」

「ありがとうクロエ!!」



 話は勝手に決まってゆく。レインも慌ててベルを見た。すると、ベルは苦笑いを浮かべながら小声で耳打ちをしてくる。



「ジョシュとダンテが街中まちなかの警備を担当しています。兵士を護衛に回すように伝えておきますから……頑張ってね」

「……わ、わかった」



 レインが頷くとリリーが勢いよく左腕に抱きついてきた。


 

「さあ、レイン。行きましょう!!」



 リリーの銀髪が舞い、爽やかな香料の香りがレインの鼻孔をくすぐる。リリーは急かすようにレインを貴賓室から連れ出した。

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