第19話 口づけ02
いかなる理由があるにせよ、リリーが自害すればウルド国は罪を問われてしまう。家名の断絶は
「わかりました。リリーの話を信じます」
「本当ですか?」
リリーの顔つきも明るくなる。すぐにクロエの方を向いた。
「クロエ、すぐに沸騰したお湯を用意してください」
「畏まりました」
クロエは隣室へと向かい、少したつと手押し車を押してきた。手押し車には小型の
「クロエは席を外してください。レインの治療中は誰も部屋に入れてはなりません。夫婦となる二人の時間です……そのことを忘れないでください」
リリーはいつになく強い口調で命じる。クロエは笑窪をつくって微笑んだ。
「御意にございます。リリー殿下のご下命があるまで、
クロエは一礼して去ってゆく。リリーはレインと二人きりになると小箱を開けた。なかには半分ほどまで黒い粉が入っている。さらさらとした黒い粉末は、ウルド砂漠の砂とかわらないほどきめ細かい。
「これが、『
リリーは銀製の柄杓で熱湯を
──これを身体に塗れというのか……。
レインの動揺は増すばかりだった。リリーの話は荒唐無稽であり、信じる根拠は『リリーの権威と権力』くらいしかない。皇女なら人々の知らない万能薬を持っていても不思議ではない……レインはそう自分へ言い聞かせた。すると、レインの心を察したのか、リリーは手を動かしながら語りかけてくる。
「これは、わたしにとっても賭けなのです」
──『賭け』だって? 僕の治療を『賭け』というのか?
レインは引っかかるものを感じて首を傾げた。
「それはどういう意味ですか?」
「もしレインに何かあれば、わたしも無事では済まないでしょう。ウルディードを生きて出ることは叶いません」
「……」
「あなたの家族や友人たちはわたしを許さない。わたしを殺すでしょうね」
「そ、そんなことは」
「ありますよ。ときとして愛情や友情の前では、帝国の威信や権威なんて些細な問題です。そのことはわたしも知っていますから……」
リリーは視線を上げて口元に笑みを
「そもそも、わたしが『
「……」
レインは『なんて乱暴で無責任な言い草だ』と呆れた。しかし、リリーを見ているとなぜか無条件で頷いてしまう。リリーの青い瞳にはレインの心を惑わせる狂気じみた覚悟が灯っていた。
「さあ、それでは服を脱いでください」
「!?」
「何を驚いているのです。薬を塗るのですから当たり前でしょう」
「は、はい……」
レインは上半身の甲冑を外し、包帯もほどく。赤く爛れた身体は痛々しいほどに腫れあがり、膿と包帯がくっついていた。
「下も脱いでください。遠慮は無用です」
「し、下は自分で塗ります」
「いいえ、わたしが塗ります。あなたの身体をよく知る機会ですから」
「しかし……」
「わたしとレインは夫婦になるのですよ。何を躊躇っているのですか」
リリーの口調は優しいが、どこか有無を言わせない凄みもある。レインは羞恥心に
──これがレイン・ウォルフ・キースリング。
リリーは
──この『鉄仮面の狼』をわたしの忠犬にかえてみせる。
リリーはレインをベッドに座らせた。
「最後に尋ねますが、『昏い静寂の
リリーが尋ねるとレインは少し目を伏せた。今さら後には引けない。囚人のように手枷をつけるのはさらなる屈辱だった。
「いえ、いりません。これは僕と身体の戦争です。自分の力を信じてリリーの親切心に応えます」
「……そうですか。わかりました」
レインはリリーを信じて真っすぐに見つめてくる。リリーはレインの覚悟を感じて頷いた。
「それでは、塗りますね……」
リリーは細い指先で黒い粘液を
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