第18話 鉄仮面02

「レインさま、ようこそおいでくださいました。貴賓室で我があるじ、リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤが待っております」



 レインが城館へ入ると給仕服きゅうじふく姿のクロエが出迎える。クロエは淀みなく挨拶し、初めて会ったときの幼い雰囲気が消えていた。



「この先はリリー殿下の寝所となりますので、帯剣たいけんを預からせていただきます」

「わかりました」



 レインがつるぎを外していると廊下の影から数人の侍女たちが音もなく現れる。侍女たちはクロエと同じ黒い給仕服を着ており、腰には湾曲した短刀をさしていた。クロエはレインから帯剣を受けとると侍女たちへ渡す。すると、侍女たちはすぐに暗がりへと消えた。



「それでは、ご案内いたします」



 クロエは先導して歩き始め、貴賓室がある5階までくると両開きの扉をノックする。



「クロエ・ベアトリクスです。レイン・ウォルフ・キースリングさまをお連れいたしました」

「……入りなさい」

「失礼いたします」



 貴賓室からリリーの声が聞こえるとクロエは扉を開けて入ってゆく。扉のそばに直立し、レインにも入るようにうながした。レインが貴賓室へ足を踏み入れると窓辺の椅子に座っていたリリーが立ち上がる。



「レイン、来てくれたのですね。嬉しいです」



 リリーは嬉しそうに微笑んだ。白いワンピースドレスがとてもよく似合っている。



「こんな夜更けにお呼びして申し訳ありません」

「とんでもないことです」

「戦死者の追悼式に参加していたのですよね。素晴らしい心がけです。帝国のために戦う兵士はみな英雄です。呼んでくださればわたしも参りましたのに……」



 リリーは悲しげに眉をよせる。レインは言葉が出てこなかった。帝都では神狼ガルム信仰を『辺境の野蛮な宗教』として毛嫌いする貴族が多い。リリーが追悼式へ参加すれば反感を買う恐れがあった。



──リリーは自分のことよりもウルドのことを気にかけてくれている。



 レインは嬉しく思いながら頭を下げた。



「今のお言葉だけで十分です」



 レインの重かった心もだいぶ軽くなる。頭を上げると用向きを尋ねた。


 

「それで、このたびは何かございましたでしょうか? 何か不自由があればすぐに対応させます」



 レインが尋ねるとリリーは少し目を伏せる。やがて、意を決したようにレインを見つめた。



「あの、レインの素顔を見せていただけませんか?」

「!?」



 レインは驚いて声が出てこない。鉄仮面の奥で目を大きく見開いた。戸惑っているとリリーは恐る恐る言葉を紡ぐ。



「レインの素顔を知らないまま婚礼を挙げるなんて嫌です」

「……」

「わたしたちはいずれ素顔だけでなく、裸も知ることになるのですよ」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「わたしは我がままを言っているのでしょうか?」 



 リリーは青い瞳で切なげにレインを見つめる。視線は鉄仮面すらもすり抜けてレインの心を覗き見るようだった。リリーを見ているとレインは胸と頭の奥が熱くなった。



「我がままとは思わない。でも、リリー……君が怖がるといけないから」

「怖がる? わたしはあなたの妻となるのですよ。何を恐れると言うの?」

「だから、僕の素顔だよ!! 僕の顔や身体は赤く腫れあがり、爛れ、膿んでいる。醜いんだ……」



 レインは当初、会話もぎこちなかった。しかし、今は動揺して気が回らないせいか、リリーと自然に会話している。語気を強めたかと思えば、今度は肩を落として両手を強く握りこむ。



「リリー、君に嫌われるのが怖い……」

「え……」

「あ、今のは……」



 レインは自分でも知らないうちに本音を語っていた。『素顔を見せろ』だなんてジョシュたちにも言われたことがない。彼らは『レインの好きにすればいい』と静かに見守ってくれている。『素顔を見せて』と迫るのはリリーが初めてだった。



──何を言ってるんだ僕は……まるで子供じゃないか。なんて醜態だ……。



 レインが恥じ入るように顔を伏せるとリリーは薄い唇の端を上げて静かに微笑んだ。



「レインは本当に正直ですね。少し羨ましいくらいです」



 リリーはレインへ歩みよって鉄仮面に手をのばした。



「わたしは傲慢な『傾国けいこく』。望んだことを叶えずにはいられません。どうしても嫌でしたらわたしの手を払い退けてください」



 リリーの手は鉄仮面のを探している。



──リリーがここまで望むのなら、もう仕方がない……。



 レインは恥じ入る心を押し殺し、包帯の巻かれた手でリリーの手を握った。



「自分で外すから大丈夫……」



 レインは後頭部にある留め具を外し、鉄仮面と兜を大理石でできた長机の上に置いた。

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