第18話 鉄仮面01

 レインはウルディード城へと帰還した。両親と別れ、ジョシュたちと一緒に自身が住む西の城塞へ向かう。城塞の門前では衛兵たちが集まっており、レインの姿を見るなり駆けよってきた。守備隊の隊長が馬上のレインへ報告する。



「レインさま、先ほどリリー殿下からの急使がございました。至急、東の城塞にある貴賓室まで来て欲しいそうです」

「リリー殿下がこんな時間に僕を?」

「はい。お一人でいらして欲しいとのことでした」

「一人で……」



 結婚前、しかも深夜に皇女の寝所へ行く……それは、あまり聞こえのよいことではなかった。戸惑っているとダンテが馬をよせてくる。



「レイン、呼ばれたなら行くべきでしょう。あなたは婚約者なのですから」

「ダンテの言う通りだよ。断ったらリリー殿下の機嫌が悪くなるかもしれないよ」



 ベルも同調するがジョシュは違った。



「『一人で』ってのが気に入らねぇな。ここはウルディードでレインは次期藩王なんだぞ。護衛や側近を連れているのが当たり前だ。皇女殿下がどれだけ偉いか知らねぇが、レインと結婚するまではよそ者。好き勝手に命令できるわけがねぇ。そうだろ? ベル?」

「それは、そうかもしれないけど……」

「別に、部屋まで一緒に行くとは言わねぇよ。でも、東の城塞まではレインの供をするぜ。それが俺たちの務めだろ?」

「「「……」」」



 ジョシュには副官としての矜持プライドと高い忠誠心がある。それはダンテやベルも同じだった。言い返せずに黙りこんでしまう。レインは少し迷ったが、結局はみんなの気持ちを汲んで同行を許した。



「じゃあみんな、東の城塞まで一緒に来てくれ」

「畏まりました。ジョシュ、問題を起こさないでくださいよ」

「んなこと、わかってるよ」

「本当かなぁ……」

「おいおい、ベル。お前こそ問題を起こすなよ」

「僕は大丈夫だよ」



 レインたちは談笑しながら手綱たづなを引いて馬首を巡らせる。馬蹄ばていの音を響かせながら東の城塞へ向かった。



×  ×  ×



 白い石畳いしだたみの道が途絶えると巨大な城門が見えてくる。城門の先にはリリーが滞在する城館じょうかんがあった。5階建てであり、一部がウルディード城を取り囲む城壁と一体化している。


 城門では黒い甲冑をまとう皇女親衛隊が警備にあたっていた。兜や胸当ての中心には『翼竜よくりゅう』の紋章がしるされている。レインたちが馬を降りて城門へ近づくと部隊長が立ち塞がった。



「この先はかしこくもリリー殿下の城館。お前たちは誰だ? 名を名乗れ」

「わたしはレイン・ウォルフ・キースリング。リリー殿下に呼ばれて参上しました」

「……」



 部隊長はレインをジロジロと見つめる。他の親衛隊員が集まってくるとニヤニヤと笑った。



「本当にレイン・ウォルフ・キースリング殿か? 鉄仮面の下の素顔を確認させていただきたい。レイン殿の偽者かもしれないからな。本人かどうか確認しなければならん」

「な、なんだと!?」



 思わずジョシュが進み出る。レインはリリーと謁見するときですら鉄仮面をつけていた。部隊長がレインの素顔を知るはずがない。レインを侮辱しているのがありありとわかった。



「てめぇ、からかってんのか!?」

「ジョシュ、やめろ」



 レインはジョシュの肩をつかんで引き下がらせる。



「確認したいと言うのなら見せましょう……」

「レインさま、お待ちください」



 レインが左手を鉄仮面にそえるとダンテの止める声がした。ダンテはレインの隣までくると部隊長へ語りかける。静かな口調だが凛とした響きを持っていた。


 

「本当にいいのですか? レインさまをお呼びしたのはリリー殿下。それを無用の詮索ではずかしめたとあっては、リリー殿下の名誉に傷がつきましょう」

「……」



 ダンテの言うことはもっともであり、リリーの名前まで出されると黙るしかない。部隊長は舌打ちをしながらダンテを睨んだ。

 


「口の立つヤツだな。まあ、いいだろう。俺もの顔なんて見たくないからな。レイン殿だけは通してやる」



 部隊長はどこまでも傲慢だった。『リリーの婚約者』に対する態度とはとても思えない。



──きっと、帝都ではこれが普通なんだ。動じるな……。



 レインは自分に言い聞かせながら城館へと向かって歩いた。



×  ×  ×



 レインが城館へ入ると部隊長はジョシュたちに解散を命じた。



「おい、お前ら。さっさと消えろ」

「「……」」



 部隊長の態度は気に入らないが、問題ごとを起こすわけにはいかない。ジョシュとダンテはおとなしく馬留うまどめのところまで歩いた。しかし、ベルだけは立ち去ろうとしない。部隊長は面倒くさそうに眉をひそめた。



「おい、聞こえなかったのか? すぐにここを……」 

「ねえねえ」



 ベルは部隊長の言葉をさえぎり、不思議そうに首を傾げた。



「さっき、レインのことをバケモノって言ったよね?」



 ベルの口元には不気味な笑みが浮かんでいた。

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