第17話 火柱01

 日が落ちるとウルド砂漠の空に星が輝き始める。白い巨石が転がる岩場では兵士たちが巨木を天高く組み上げていた。木組みが終わるとロイドは手に持った松明たいまつで枯草に火をつける。火はあっという間にさかり、あたり一帯を照らし出した。


 ここはウルディードの西にある岩場で『ジグドの丘』と呼ばれている。半壊した石柱せきちゅうや崩壊した神殿跡が白い砂の合間あいまから顔を出していた。古来から『ジグドの丘』は戦死した兵士たちが天狼星へ旅立つ神聖な場所とされてきた。



「誇り高き砂漠の狼たちよ……」



 巨大な火柱が立つとロイドは黒い革袋を大事そうに取り出した。革袋には外征で戦死した兵士たちの遺灰が入っている。ロイドは革袋を燃え立つ炎のなかへ投げ入れた。



天狼星てんろうせいにて神狼ガルムに仕えるのだ。神狼ガルムよ、どうか彼らの魂を安らぎへと導きたまえ」



 そう言うとロイドは腰の前で手を組み、目を瞑って黙祷をささげた。ロイドの後ろにはサリーシャや外征に参加していた将軍たちもいる。そして、最後列ではレインもジョシュ、ダンテ、ベルとともに黙祷をささげていた。黙祷が終わるとロイドは振り返って帯剣を抜く。ゲルンこうでできたつるぎを星空へ高々とかかげた。



「今、同胞はらからたちは炎の柱を昇って天狼星へ旅立った。偉大な先人たちと美酒を酌み交わすことだろう。我らもいずれは炎の柱を昇る。英霊たち、そして神狼ガルムに恥じぬよう生きるのだ。ウルド国万歳!!」

「「「ウルド国万歳!! 神狼ガルム万歳!!」」」



 兵士たちはロイドに続いて歓呼かんこする。サリーシャやレインたちも同様に剣を煌めかせて戦死者と神狼ガルムを称えた。儀式が終わると参列者はウルディードへ帰ってゆく。ただ、レインは未だに燃え盛る炎を見つめていた。



──僕は初陣すらしていない。僕に見送られても彼らは喜ばないだろう。



 レインはやはり自分の身体を呪った。自分だけが安寧をむさぼっているように思えて仕方がない。ジョシュ、ダンテ、ベルはレインの心中を察して静かに見守っている。儀式のとき、レインはいつもこうだった。



──僕だって包帯を巻き、鉄仮面をつければ戦える。それなのに出征は許されない。父上と母上は僕に期待していない。



 レインは両手を強く握った。すると、ロイドが声をかけてくる。ロイドはジョシュや衛兵たちを下がらせてレインと二人きりになった。



「レインよ炎と語らっているのだな……」

「はい。彼らに謝っておりました」

「謝る? 何を謝るというのだ?」



 ロイドが尋ねるとレインは視線をロイドへ向けた。



「僕は戦場を知りません。彼らも呆れているでしょう。だから、謝ったのです」

「お前は戦死した兵士たちが咎めると思うのか?」

「はい。戦わないことは罪です」



 レインははっきりと言いきった。鉄仮面の奥の瞳は罰を欲しているようにさえ見える。ロイドはレインの肩へ手を置いた。



「お前は自分の身体と戦っているじゃないか」

「父上、これは戦いなんかじゃありません。呪いです」



 レインは鉄仮面の下で奥歯を噛んだ。



「僕はウルドの風も、雨も、陽射しですら感じることができません。でも、ウルドのために戦いたいのです。みんなのように血を流し、祖国のために戦いたい」



 レインは鉄仮面をロイドへ近づけて切実に訴える。だが、ウルド国への強すぎる愛情はロイドを不安にさせた。



「お前はなぜ、そんなにも戦いを望むのだ?」

「ウルドに栄光をもたらすためです」

「では誰と戦う? アルメリア共和国か? フェルヘイム帝国か? それともイル・ハン君主連合か? 言ってみろ」

「そ、それは……」



 ロイドは神聖グランヒルド帝国と隣接する列強の名前を上げた。レインが答えに困って俯くと諭すように続ける。静かな口調はレインへの愛情に満ちていた。



「お前は自分の身体に引け目を感じ、いくさという行為で鬱憤うっぷんを晴らそうとしているだけだ。『不戦ふせん』という恩恵に気づこうともせず、愚かにもいくさを望んでいる。戦はお前の心を満たすための儀式ではないぞ」

「……」



 レインが黙りこむとロイドはふと視線を移す。離れたところでは騎乗したサリーシャがこちらを心配そうに見守っていた。



──サリーシャ、やはりお前と一緒に話した方がよかった。父親の声より、母親の声の方が息子へ響く。



 ロイドは『二人で話してきて』と背中を押したサリーシャを思い出して苦笑する。あらためてレインを見つめると、黒く輝く二つの瞳がサリーシャとそっくりだった。



──レイン、お前は生まれながらにして『砂漠の狼王ウルデンガルム』なのだ。そのことに気づかなければ、リリー殿下に呑みこまれてしまう。



 突然、ロイドは眼光を鋭くして全身にただならぬ気迫を漲らせた。黒い瞳に燃え上がる火柱を映しながら続ける。



「いいか、レイン。俺とサリーシャがお前の出征を許可しないのは、お前が『戦いを望む人間』だからだ」

「……」

「いらぬいくさを望み、不必要に縄張りを広げる狼は必ず滅ぶ」

「……」

「狼たちの王は常に群れのことを考えて行動するものだ。わかったな」

「は、はい父上。わかりました」



 レインは初めて両親の本音を知った。両親はレインを過保護にしているのではなく、いくさを望む心に危うさを感じている。



──僕は間違っていたのか……。



 レインの葛藤は強くなる一方だった。火柱から噴き出る炎は不気味な陰影をつくりだし、レインとロイドを照らし出す。レインにはロイドが神狼ガルムの使者に見えていた。

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