第13話 儀礼
「リリー殿下、降りても大丈夫です」
クロエは車内へ向かって声をかけ、リリーの手をとって降車を手伝う。リリーは白い砂を踏みしめて辺りを見渡した。
──まさに、世界の果てね。
目の前には青く澄みきった大空と眩しいほどに白く輝く砂漠が広がっている。照りつける陽射しは苛烈なほどに強く、吸いこむ空気は熱く乾ききっていた。
「ここからは一人で歩きます」
「はい、畏まりました。何かあればすぐに駆けつけます」
クロエは深々と一礼して引き下がる。リリーはウルド砂漠への第一歩を踏みしめた。
──ここからわたしの戦いが始まる。
軍靴から伝わってくる砂の感触はとても不安定でどこか心もとない。進むにつれてリリーを見守る帝国軍も遠ざかってゆく。かわりに、視線の先には新たな大軍が現れた。軽装歩兵や軽騎兵の大部隊が遠巻きにダルマハルを取り囲んでいる。巨大な戦列艦の帆や軍旗には『狼』の紋章が縫いこまれていた。
──なんて勇壮なのかしら。
──あれが、レイン・ウォルフ・キースリング……。
レインを見た瞬間、リリーの心と身体は臨戦態勢をとっていた。リリーにとっては表情も、身体も、仕草でさえもが武器だった。
──この空もいずれわたしのもの。いいえ、帝国中の空がわたしのものになる。
リリーは皇女としての覇気と
「リリー殿下におかれましては遠路のご来訪、
リリーが目前まで近づくとレインは深々と頭を上げた。
「わたしは神聖グランヒルド帝国よりウルド国を預かる、藩王ロイド・ウォルフ・キースリングの息子、レイン・ウォルフ・キースリングでございます。リリー殿下をお迎えに上がりました!!」
レインの声は涼やかで凛としている。それに、鉄仮面をしていてもよく通った。
「……」
リリーは
──まるで、レインは神聖グランヒルド帝国の大将軍ね。
視線を戻すと
──このわたしが
リリーは自分へ言い聞かせると立場を確認するように問いかけた。
「レイン・ウォルフ・キースリング。一つ尋ねます」
「は、はい。なんなりと」
「そなたは帝国最高の儀礼でわたしを出迎えますが……もし
「そ、それは……」
レインは言葉に詰まった。すでに最高儀礼をとっており、『リリーの上位者である皇帝が来た場合にはどうするか?』という質問には答えようがない。リリーはそれをわかっていながらあえて尋ねた。
──レインが見苦しい言い訳を並べるなら、このまま放っておこうかしら……。
そう思った瞬間、レインの声が聞こえた。
「か、考えておりませんでした……」
「……」
リリーは意外そうに眉を上げた。レインの声は
「レインは正直な人なのですね……」
リリーは口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。あなたの出迎えがあまりにも立派で圧倒されてしまいました。なんだか悔しくて……少しからかってみたくなったのです」
「……」
「許してくださいますか?」
「も、もちろんでございます!!」
「ありがとうございます。では、儀礼に応えますね……」
リリーはささげられた
「出迎え、
「はい……」
拝謁を許すとレインが恐る恐る顔を上げる。鉄仮面の奥の眼差しはとても優しげで、黒い瞳と視線が合うとリリーは
──レイン・ウォルフ・キースリング……鉄仮面の狼。
少したつとリリーは包帯の巻かれた手を取って立ち上がらせる。レインが恐縮するとにこやかに微笑みかけた。
「堅苦しいのはここまでにしましょう。わたしはあなたの妻となるために来ました。
「で、殿下それは……」
レインは
「わたしも、親しみをこめてレインと呼びますから。さあレイン、ウルド砂漠を案内してくださらない? 白い砂の砂漠だなんて素敵だわ……」
リリーはレインの腕を引いて歩き始める。レインの鉄仮面姿を気にもとめていない。レインは意外だった。
──リリー殿下は僕が怖くないのか……?
レインは複雑な心境でリリーを見下ろした。リリーの銀髪は
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
突然、リリーはレインを見上げて視線を合わせた。サファイアのように輝く青い瞳は吸いこまれそうなほどに美しい。レインは思わず息をのみ、
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