ムテキノヒト

痴🍋れもん

ムテキノヒト

 深く眠っていても娘が泣き出すと必ず目が覚める。そういうものだとは母も言っていたし、雑誌にも書いてあった。手元の時計を見るとミルクが終わってまだ一時間しか経っていない。オムツかな…でも泣き声が大きい。どこか痛いのだろうか…。それにあんなに泣いたらまた…もう随分とちゃんと寝てない気がするが体も頭も全部は覚めないまま焦燥感から慌てて飛び起きた。

 だって早く泣き止ませないとまた電話がかかって来る。最近では外出先で電話がなっても心臓がバクバクするようになってしまった。ああ駄目だ。やっぱり間に合わなかった。リビングの電話がプルプルと苛立たしげに電子音を震わせた。


 だるい眠気を脱ぎ捨てるように起き上がって、やっと気づく。赤ん坊だった娘はもう随分前に結婚して家を出て行った。鳴っていると思ったリビングの電話器も暗闇の中で黙りこくったままだ。どれほど耳を澄ましても今この家の中で聞こえるのは隣で寝ている夫の規則正しい寝息だけだった。いつものようにそうした一連の思考を経て漸く夢なのだと気づいたが、早鐘を打つ鼓動だけは夢の続きのままですぐには治まりそうになかった。

 すっかり目が覚めてベッドに座り直すと正面にある化粧台の鏡からはとても乳児のママとは思えないおばさんが見返していた。隣のベッドの穏やかな夫の寝顔を見ながら再びベッドに横たわると胸の動悸も漸く落ち着いてきた。若いころに比べると夫の髪も随分と寂しくなってしまった。 

 結婚してすぐマンションを買った。そのマンションは新しく開発された丘陵地の住宅街にあって、近所には何棟もの真新しいマンションが並んでいた。最寄りのJRの駅からは少し遠かったがその分、価格安く、このマンションなら自分たちのような若い夫婦でも手の届く価格帯にあったのだ。その街の中心には開発に合わせてできた大きなショッピングセンターもあってそれも魅力的だった。 

 その頃は二つ先の駅にあるオフィスに勤めていたので平日の朝はいつも車で出勤する夫に駅まで送って貰い、帰りに駅前のショッピングセンターで夕飯のための買い物をしてバスに乗って帰宅した。時々は車を職場に置いてきた夫と駅で待ち合わせて駅前の居酒屋に二人で飲みに行ったりもした。休日になると二人でお昼まで寝て、揃ってショッピングセンターに買い物に行った。その頃は毎日がままごとのようだった。 

 そうしてこの家に住み始めて四年目の冬の終わり、娘が生まれた。

 我が家にやって来たそのふにゃふにゃと頼りない小さな生き物は少しでも目を離せば壊れてしまいそうで一時も気が抜けなかった。だがこれほど自分に頼りきったその存在は私に人生の全てを捧げても構わないと思わせた。両立ができずに私は仕事を辞めたが、一度も後悔した事はない。それほど娘は愛おしく共に過ごす幸せはなにものにも替えがたかったのだ。だがその頃からだ。

 最初はイタズラ電話だった。

 娘が泣いていると時々電話がかかってくるようになったのだ。その電話は私が慌てて受話器を取るとすぐに切れた。何度かそういう事があって漸く気づいたのはそれが赤ちゃんの泣き声が煩いという苦情だという事だった。 

 大体において自分は鈍いのだ。その後も買い忘れた牛乳をコンビニに買いに行くために駐輪場に降りると自転車の籠に空き缶が捨てられていた。その時行くつもりだったコンビニは空き地だった場所にできたばかりだったが、便利になったのと同時に若い子が夜中まで騒ぐようになって迷惑もしていた。だから呑気にそんな風に治安が悪くなっていくのは考え物だ…などと思った。だがそれはその時で終わりではなかった。空き缶のほかにも紙くずやペットボトルが捨てられることがその後何回も続くことになる。一度などはクリームのべったりついたパンの空き袋のせいで自転車に取り付けた子供用の椅子がひどく汚れていたこともあった。ただ溜まりかねて管理人に訴えると間もなくそれは起こらなくなった。 

 他にも何かあったような気がするが今になっては全ては些細なことだ。夫の老いた顔を見ると本当にそう思う。それに、何故そうされたのかはわからなかったが”誰が”というのは娘が小学校に上がって程なく分かった。そして”誰が”がわかるとそれは腹立たしくはあったがそれほど怖くはなくなった。「…ぅんっ…」隣のベッドの夫が苦しそうに浅い息をして何かを呟いた。「パパ、どうしたの。苦しいの。」ベッドを出て夫の口に耳を近づけてみるが、何と言っているか聞き取れなかった。諦めて離れると今度は、はっきりと娘の名を呼んで目を開けた。「キョウコ…」「お父さん、キョウコはもう…。」私がそう答えかけると夫はそこで言葉を切ったまま迷うように視線を泳がせた後、漸く見つけた私と目を合わせて言葉をつづけた。「キョウコが泣いている。」それはまるでさっきまで私が見ていたのと同じ夢でも見ていたのかと思うよな言葉だった。寝ぼけているときには返事をしてはいけないといつか聞いたような気がしたが同じ夢を見ていた夫が愛しくて「おむつを替えたからもう大丈夫よ。」と答えた。すると夫は安心したように再び目を閉じて大きく息を吐いた。そしてそのまま次の息をするのを忘れてしまったように動かなくなってしまった。


 それはそれはあっけない最期だった。ずっと痛み止めを飲んでいたから、せっかく家に帰って来ても意思の疎通ができないことのほうが多かった。だからこうして最後に会話らしき事ができたのは幸いだったのかもしれない。 

 まだ温かい夫のベッドに潜り込んでそっと寄り添うように体を抱きしめた。夫はこの家が大好きだった。もう緩和ケアしかできなくなった夫は頑是ない子供のように家に帰りたがった。だが担当医の先生が往診を引き受けてくれなければそれも難しかっただろう。今の日本では家で死ぬのは難しい事らしいのだ。朝になったら病院に電話して、葬式の手配をして…あとは何をするんだろう。娘夫婦が事故で死んだときには夫とあちらのお父さんが全てを取り仕切ってくれたから、私とあちらのお母さんは全てが終わるまで泣いているだけでよかった。この年になっても私は何も知らない。 

 これからどうやって生きていけばいいかもわからない。ただ全てが終われば私は無敵の人になれるのだ。怯えながら、躊躇いながら、それでもずっとずっとこの日を待っていたような気がする。きっと私が矩を踰えることのできる人間だから彼女たちも矩を踰えてしまったのだ。今ならわかる。   

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