第38話 出戻り

 通路に出て少し戻る。魔工部は比較的中央広場に近いところにあって、生産系の中でも大所帯の部活だ。入ってすぐのカウンターは鍛冶屋さんと同じくらいの広さだけど、奥の作業スペースに活気があって人の出入りも多い。

「あのー」

「いらっしゃいませ」

 カウンターに背を向けて空のフラスコを整理していた女性の先輩が振り返って対応してくれる。

「えっと、お客じゃなくて、人を呼びだしてほしいんですが」

「あら、誰かしら?」

「伊丹さん、って言う方なんですけど」

「ちょっと待っててね。伊丹くーん、お客さんだよぉ」

 お姉さんがよく通る声で奥に呼びかけてくれる。うおーい、とかなんとか返事のようなうなり声が返ってきた。

 伊丹先輩を待っている間、お姉さんがボクのことをじろじろと見てくる。落ち着かない。

「きみ、見かけない顔だけど、魔工部うちは初めて?」

「はい」

「初めてなのに伊丹君は知ってるんだ」

「いえ、ボクじゃなくてテツ先輩……冶金鍛造研究部の錫懸すずかけ先輩のお遣いで来たんです」

「ああ、そっちの知り合いなの。ふうん……」

 なんだか釈然としないな、という顔で見てくる。うう、なんかはずかしい。

「お待たせ……って、あれ、お客さん?」

「あ、姫野って言います。テツ先輩にはお世話になっていて……」

「ああ、錫懸先輩の呼び出しね。相変わらず部外者でも遠慮なしにこき使うね、あの人。ごめんね、迷惑だったでしょ?」

「いえ、こちらもいろいろお世話になっていますし」

「で、どんな用件か言ってた?」

 伊丹先輩は作業用の革エプロンを脱いでてきぱきと身支度を進めながら話しを続ける。

「今度、魔法道具同好会で発注する部品のことで細かい話がしたいってことです」

「あーっ、あなた、ひよりちゃんのところの美少年!」

 突然横から大声で指を刺されてびっくりする。美、ってのもアレだけど、高校一年生男子に少年って失礼だよー。

「ごめん、ごめん。どこかで見た顔だなーってずっと引っかかってて、ようやく思い出したわ。最近、魔法道具同好会に入った子ね」

 あー、すっきりした、という表情でお姉さんがひとりごちする。

「ええ、ひよりが設計している新しい道具にいろいろと部品が必要で、テツ先輩に相談に乗ってもらっているんです」

「そっか、それで僕にも声が掛かったということだね」

「はい。板ガラスのほうは何とかなりそうだけど、細かい金具とかネジとかの部品が要るって言ってて……」

「板ガラス?ガラス作ってるの?」

 何故かお姉さんの方が反応する。

「はい。ボクが取ってきた砂でスライドガラスとかレンズとか作ってて……。あ、最終的にどんな道具になるのかはボクも知らないんですけど」

「砂からガラスつくってるの?聞いてないよ、わたしっ!」

 ばん、とカウンターを叩いてすごい勢いでカウンターから身を乗り出すお姉さんに思わず一歩引いてしまう。

「ちょっと、瑠璃瓦るりがわらさん、姫野君が驚いてるって。ごめんね、姫野君。瑠璃瓦さんはガラスのことになると目の色変わっちゃうところがあってね」

 伊丹先輩がお姉さんを抑えるように間に入ってくれる。

「……まあいいわ、あんにゃろに直接聞きにいくわ。伊丹君、なにぼやぼやしてるの、出るわよ!」

「ちょっと、カウンター当番どうするの?代わりの人呼ばないと」

「そんなの放っておいても大丈夫よ、盗むものなんて無いんだし。行くわよ!」

 あっという間に二人はいなくなってしまった。

「うちの学校って、強い女子、多いよね……」

 ふう、とため息をついてボクも魔工部をあとにした。


 鍛冶屋に着いたときにはすでにテツ先輩と瑠璃瓦先輩が侃々諤々かんかんがくがくとやり合っているところだった。

「ガラスが作れるようになったのならわたしに連絡してくださいよ、先輩。そういう約束でしたよね?」

「だから、このあと連絡する予定だったんだって言っているだろう」

「そんなこといって、もうこんなにいろいろと作っているじゃないですか」

「これは試作品なんだ。使い物になるガラスが無けりゃ、おまえだって手持ち無沙汰だろう」

「わたしもガラスを作るところからやりたかったです」

「そっちは俺の領分だからな。俺は原料を溶かして加工品の材料を作るところまで、おまえたちは材料を加工して製品を作る。そういう分担じゃないか」

「でもでも、初めてのガラス製造ですよ。わたしもやりたかった!」

「冶金鍛造研究部を出て行ったんだから仕方ないだろう?こっちじゃ仕事がないからって魔工部に移ったのはそっちじゃないか」

「間借りしてただけです。移籍はしていませんから。明日からこっちに戻りますから」

「ああ、そうしてくれ。実は瑠璃瓦に頼みたいことがあってな……」

「えー、なになに?薄くて平滑なスライドガラス?にゃはー、面白そう」

「工学的にやってもいいんだが、魔法でやるほうが精度が高そうだと思ってな」

「アイデアならあるわよ。そのために魔工部に行って魔術の応用を勉強してたんだから」

桐子きりこ先輩、頼もしいですー」

「もちろんよ、ひよりちゃん。キリコ先輩にまっかせなさーい」

「ところで僕のほうの用件はどうなっているんでしょう」

「ああ、すまん、伊丹。こっちの試作機用のパーツなんだがな」

「まだラフなものしかないんですけど、こんな感じでレンズを固定して、可動部を設けたいんです」

「なるほど、面白いモノをつくってるんだね。だとすると、ここに光源がくるのかな?」

「はい、最終的には持ち運びができるようにしたいんです。大きさの問題もありますけど、運搬したときの振動で光軸がずれたり不具合が出ないように作る必要があるので、パーツにはある程度の強度とゆがみ精度が必要になります」

「ふむふむ、最初は基本構造を押さえて動作を確認し、そのあと強度確保や小型化に取り組むってことだね。でも、これだと資金が続くのかな?大丈夫?」

「そこはうちも全面サポートするさ。実費は請求するが、手間賃はいっさいこっち持ちでいく」

「テツさん、ずいぶんと入れ込んでいますね」

「ああ、なんてったって、俺が入部してから初めて原料から取り組むモノ作りだ。鉄とは行かないがガラスでも十分だよ。うちに戻ってくるってことは、おまえらの手間賃も一切出さないぞ。いいか?」

「あったりまえでしょ。こっちがエスト払ってでもやりたいくらいよ」

「なら、コウタに感謝しないとな。砂を見つけてきたのはあいつだ」

「コウタ君、ありがと。君はわたしのヒーローだよ!」

 いきなりむぎゅーっと抱きしめられる。いやいや、そんなご褒美っていうか迷惑っていうか、困るよー。

 キリコ先輩はすぐにボクを離すと、むうっと心なしかふくれっ面をしていたひよりのことも抱きしめる。

「ひよりちゃん、マジ天使。ありがとねー、こんなステキな仕事を注文してくれて」

「テツさん、こっちのパーツはステンレス鋼を使いたいんですけど、材料って回せますか?」

「おう、一、二台分くらいは何とかなるだろう」

「ねえねえ、ここなんだけどさー」

「あー、そこはですねー、ここの精度に影響してくると思うんですよ……」

 モノ作りのことはさっぱりわからない。ここにいても役に立てそうにないな。お荷物感にいたたまれなくなり、熱中する人たちを残して鍛冶屋をあとにした。さて、今日はこのあとどうしよう。素材を取りに行こうか、それとも武器の練習をしようか……

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