第37話 レンズ作り
「早く、早くってば」
「そんなに急いで行っても、テツ先輩まだ来てないかもよ」
放課後のチャイムが鳴り終わる前に教室を飛び出したひよりに手を引かれてダンジョンに向かう。
昨日、ガラスの試作品ができたから見に来てほしいと言われた件だ。
「一晩お預けだったんだよ。待ちきれないよー」
放っておいたら朝から授業をさぼってダンジョンに行きかねないひよりをどうにか抑えてこの時間まで引き留めたボクを誰か誉めてほしい。もうぐったりだよ。
「よう、嬢ちゃん、遅かったな。先に進めちまってるぞ」
鍛冶屋に着くなり、奥から出てきたテツ先輩がすでに炉の熱で赤くなった顔で言った。先輩、授業ちゃんと出てたの?
「ガラス、できました?見せてください」
「最初の試作品がこれだ」
カウンターの下から包装紙のような紙に包まれた五十センチ四方ほどの板を出して縦に渡した二本の棒の上にゴトリと置く。結構重そうな感じだ。
「厚みはまだ改善の余地はあるが、板状に引き延ばそうとするとどうしてもサイズは大きくなるな」
包装紙を開くと厚みのある板ガラスが姿をあらわした。厚みがあるせいか、少し青みがかっている。
「すごい、本当に砂からガラスって作れるんだ……」
「当たり前だ。砂からじゃなきゃ、何から作ると思ったんだ?」
「……ガラス?」
「まあ、ガラスはリサイクルの優等生と言われるが、ちゃんとした物は珪砂っていう不純物の少ない砂から作るんだ。そこに再生利用のガラスを混ぜて安定した品質にするんだな。外じゃ珪砂はほとんど外国から輸入してんだぞ」
「……勉強になります」
さて、そんな感じでボクが先輩を相手に世間話?をしている間、ひよりはガラス板を細かに検分していた。
「表面が不均一ですね。どのように作られていますか?」
そうかな。ぱっと見は普通の窓ガラスみたいに平らに見えるけど。
つつーっ、と人差し指でなぞる。すべすべして少しひんやりとしたガラスの感触。指をおいたところに指紋が残る。
「平らな鉄板の上に流して、薄くするために上にも鉄板を置いて挟み込んで押しつぶす感じで延ばしたんだが」
「それだと鉄板の凹凸が転写されちゃいますね。それに、流し込んだときの表面側が少し波打ってしまっています」
「ふーむ。確かに」
先輩とひよりがそれぞれカウンターの向こうとこっちでしゃがみ込んで板ガラスを横から見つめる。
「これだと窓ガラスや入れ物には使えますけど、ガラス面に絵を描こうとすると引っかかったり波打ったりして、綺麗な線が引けないんですよ」
「そういや、スライドガラスがほしいって言ってたな。となると、こんな厚みじゃ使い物にならんか。ふーむ」
さっきからテツ先輩は考え込みながらふーむを連発している。
「ガラスを薄くするには押しつぶすより引っ張って延ばすほうがいいみたいです。昔は吹きガラスで筒状に薄くしたあと、切り開いて平たく延ばすっていう手法で作ってたそうですよ」
「なるほどな。引っ張るか。そうすると念動系魔法か重力系魔法か……。ガラスは液体だっていってたな。なら、水魔法が効くのか?専門家の技が必要だな……」
「いけそうですか?」
「あてはある。そっちは任せておけ」
「それと、色なんですけど……」
ひよりがいいにくそうに言った。
「ああ、板ガラスのほうは一番最初に作ったガラスだ。今はもう少し不純物が少ないものができているぞ」
テツ先輩が再度カウンターの下からサンプルを取り出す。今度は円柱というか、厚みのある円盤といった感じのガラス塊だ。板ガラスの何倍も厚みはあるが、透明度はこちらのほうが高い。
「すごい!これならちゃんとしたレンズが作れます!」
「いま、いろいろと研究を進めているからもっといい物が作れるようになるぞ」
テツ先輩が自信ありげにニヤリと笑う。
「そしてこいつが出来立てほやほやの、レンズだ」
手元にずっと用意してあったのだろうトレーをカウンターの上に出す
「うわぁ!」
ひよりが目をハートマークにさせてトレーに飛びつく。レンズはツイードの革で内張りされた木製のトレーの上に並べて置かれていた。表面は触れるのをためらわれるほど綺麗に磨かれて、宝石のように輝いていた。ひよりは用意された絹の手袋を着け、レンズを手に取って正面や横から眺めて確認している。
「曲率は指定された値を俺たちに可能な限りの精度で再現してある。屈折率については測定していないからわからないが、まあ普通のガラスと同じ値と考えていいんじゃないか」
「焦点距離は試作品で確認するつもりだったからそれでオッケーです。それより、レンズの端面なんですけど、ここは磨かなくていいです。むしろ黒い色で塗装してほしいです」
「わかった」
「焦点距離を測るのにガイドレールとレンズを固定するための金具が要るんですけど……」
「レンズを輪っかで巻いて止める感じか。それなら薄板の加工で何とかなりそうだな」
「ここにこういう感じでネジ止めしつつ、レールの上をスライドさせることってできますか?」
「ネジ切りか。旋盤は魔工部のほうに貸し出したままだからあっちに頼むことになるな。まあ連中も知らない仲じゃない。今回はこっちで面倒見てやるよ」
「助かります。あ、そうだ、どうせ作ってもらうならほかのパーツもお願いできますか?」
「なかなか交渉上手だな、嬢ちゃん。が、今回は面倒見てやるっていったんだ。男に二言はない、最後までつき合ってやるさ。見せてみな」
ひよりは嬉しそうな顔でノートを取りだし、手早く描いたイラストに注釈を付け加えながら細部を説明していく。
「うーん、これはなかなか」
「あとで清書して届けます」
「それもいいが、細かいところを作業するヤツに後で説明するのも面倒だ。いっそこの場に魔工部も呼ぶか。コウタ、ひとっ走りして
「伊丹さん?」
「ああ、俺が呼んでるって言えばすぐに来るから。あいつ今は魔工部にいるが、もとは冶金鍛造研究部でね。こっちじゃ金属加工の仕事がないっていうんで、設備といっしょに魔工部に出稼ぎに行っているんだよ」
「わかりました」
モノ作りの話は聞いていてもさっぱりだから、お遣いくらいはこなさないとね。
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