第35話 ショートホームルーム
今日は朝練がなかったので直接教室に登校した。ヒコも今日は朝練無しにしたらしい。珍しく朝のホームルーム前から教室にいる。もちろん、ヨギも。何やら良からぬことを考えている顔でこっちに近づいてくる。
「よう、初
「えっ?まだダンジョンでリスポーンしたことないよ?」
「ふっふっふ、甘いな。おまえ、昨日門限間に合わなかったろう?」
「なぜそれを知っている……」
「ふっ、この過足様の情報収集力を甘く見るんじゃあないぞ」
こわっ。過足くん、こわっ。本物のストーカー?
「あんた、昨日、英語の先生に呼び出しくらってたもんね。下校時間まで補習だったんでしょ?」
「わひゃあ、白井さん。いきなり現れてネタバラシは止めてよ~」
ヨギも下校時間まで学校に残っていて、ボクたちが門限を過ぎてからダンジョンから出てきたのを見て推測したということらしい。
「そんなことより、姫野くん。あんた、ひよりと同じ部活なんだから門限守るようにちゃんと見ててあげてよ。女の子の帰りが遅くなるの、良くないでしょ。いい?」
「わ、わかってるよ、白井さん。生徒会の人にも釘刺されたし、次からはちゃんとフォローするよ」
「あ、ひより、おはよー」
「あかりちゃん、おはよー」
ひよりが眠そうな顔で登校してきたおかげで、白井さんの猛攻から逃れることができた。ひよりのほうに駆け寄っていく白井さんを見送りながらヨギともども胸をなでおろす。
「それで?」
「何が?」
「だから、なんでボクがリスポーンしたことになるのさ?」
「ああ、そのこと」
自分で言い出しておいてこの言い草。やっぱりヨギ、ムカつく~。
「門限過ぎてもダンジョンに残っていると地上階に転送されるだろ?あれって戦闘で耐久力がゼロになったときと同じ扱いなんだよ」
つまり、無限の攻撃力を持つ超巨大な敵にワンパンくらったってこと?
「今日ダンジョンに入ったらステータス画面確認してみな。リスポーン回数が一つ増えてっから」
なるほどね。システム的に考えれば順当な作りだ。
「おまえに『未戦闘蘇生者』の称号を与えよう」
戦闘経験があるから未戦闘じゃないし語呂が悪くてイマイチな称号だけど、馬鹿にしていることは伝わる。
「そうだね。たぶんひよりも同じだから、ヨギがありがたい称号を贈ってくれたよって伝えておくよ」
「わー、わー、それ無し。称号なしーっ」
まあ、ボクは別に戦闘にプライドを持っているわけじゃないから、戦いの外でリスポーンしたとしても不名誉だとは思わないし気にならないけどね。
昨日の剣術部の彼なんかはこんなこと言われたらキレるだろうなあ。
思い出しついでにヒコに尋ねてみることにした。
「ねえ、ヒコ。剣術部にボクと同じくらいの背格好の一年生、いるよね?」
「ん?ああ、時任か。もしかして、絡まれたか?」
たいして特徴も伝えていないのに、ヒコには誰のことか分かったらしい。
「まあね。昨日ちょっとね。ダンジョンの第三階層で出合い頭に、いい気になるなよ、とか俺のほうが強い、とか言われた」
「すまん、剣術部のチームメイトとして謝るよ」
「いや、ヒコが謝ることじゃないよ。ボクもこれと言って迷惑を受けたわけじゃないから。ただ、なんで目の敵にされているのかなって」
「ちょっと込み入った事情があってな……」
ヒコが言いよどむのは珍しい。普段なら言えないことは言えないときっぱりと断言する性格だ。
「A組の時任だろ。あいつ、退学した塚本と仲良かったから入れ替わりで転入してきたコウタを逆恨みしてんだよ」
「ヨギ……」
「こういうことは隠してたっていずれ本人に伝わるよ。後でクラスメイト以外から聞くよりちゃんと説明してやったほうがコウタもわだかまらないって」
「……」
なんとなく会話が聞こえていたのか、周りのクラスメイトもしんとしてしまっている。ひよりが心配そうな目でこっちを見ている。
「ボクもちゃんと聞いておきたいな」
「わかった。俺から話そう」
ヒコの説明を要約するとこういうことだった。
このクラスにいた塚本君という生徒が一学期で体調を崩して自主退学したらしい。
ボクが転入できたのは塚本君が抜けて定員に空きができたからだそうだ。
それだけだったらボクが恨まれるような話ではなかったんだけれど……。
「塚本は痩せぎすで非力なタイプだった。剣術部に入って一緒にがんばっていたんだが、クラスメイトの俺と比べるとどうしても実力が低く見えてな」
「ヒコは中学の剣道大会で上位に食い込むほどの実力が元からあったんだ。比べるほうが悪い。塚本もそこんところはわかっていたと思うぞ」
ヨギがフォローを入れる。
「とにかく、焦りがあったんだろう。鍛えても力がつかない現実に絶望して、手を出してはいけないものに手を出したんだ。
ここからは剣術部の中での噂で真偽は不明の内容だから、ここだけの話にしてくれ」
ボクは真剣なヒコの目を見てうなずく。
「ダンジョンでの戦闘力は自分の身体能力がそのまま反映される。魔術やエンチャントの掛かった武器、マジックアイテムを使って一時的な攻撃力増強は可能だけれど、本人の能力を恒久的に上げる手段はない。
そのはずだった。
だが、六月ころから筋力を増強する薬が出回っているらしいという噂が流れ始めた。
事実、数名の剣術部員が部内のトーナメント戦で大番狂わせで勝ち上がる例があった。噂が先か、トーナメントの結果からそんな噂が立ったのかはわからない。
けれど、生徒会が怪しい噂の調査に乗り出したんだ。
明確な証拠は出なかったが、生徒会は薬を使っていたと思われる生徒を割り出した。そのうちの一人が塚本だった。
彼はトーナメントも一回戦敗退だったから、正直見当違いだとみんな思っていたよ。だが、塚本は生徒会の聴取に応じず次第に学校も休むようになり、体調不良を理由に夏休みを待たずに自主退学してしまったんだ。
ずいぶんと急な話だったから俺たちも驚いたよ。真相は不明だけど、一部の生徒は生徒会が追い込んだせいじゃないかって噂している。だが」
ヒコは目をつぶって一息入れた。
「トーナメントあたりから塚本がおかしなことを言うようになったのを俺は知っている。ダンジョンに入ると声が聞こえるとか見えないものが見えるとかそういう感じだった。当時は勉強と部活の疲れからくるノイローゼなのかなと考えていたが……」
ヒコはそこで言葉を濁した。
「時任は塚本の一番の親友だった。時任も体格には恵まれないほうだから塚本と気が合ったようだ。よく一緒に掛かり稽古をやっていたよ。ただ、時任は塚本と違って愚直に練習に取り組むタイプで、曲がったことが大嫌いという性格をしていた。塚本を疑う生徒会に一番噛みついていたのも時任だったよ。
塚本が退学したのがショックだったんだろう。夏休みに入ってからは部活に出てこなくなった。夏休みが明けて剣術部を再開することにしたみたいで俺も安心していたんだが……」
「……何かあったのかな?」
ヒコが首を横に振る。
「詳しいことはわからない。ただ、最近の時任は周りを拒絶して誰ともかかわろうとしなくなった。部活も一人でダンジョンに降りることが多くなり、近頃は鬼気迫るものを感じるんだ。何かに憑りつかれているような様子で、なりふり構わず強さを求めるようになってしまった」
「……」
「ま、ドーピング剤の騒ぎのときはコウタはここにはいなかったんだし、完全な逆恨みだよ。気にすんな」
「そうだね」
「ただ、まあ、ドーピング剤騒ぎも解決したわけじゃない。巻き込まれないように注意しておくほうがいいだろう」
「コウタがダーツ同好会に行くって言ったとき、ちょっと悪い噂があるって言ったろ?あれ、ダーツ同好会が薬の流通に係わっているんじゃないかって噂があったんだよ」
「なるほどね。でも、たぶんそれはないんじゃないかな」
「身内びいきはわかるけど、もうちょっと慎重になったほうがいいぞ」
「無関係だって根拠はあるよ。でも証拠があるわけじゃないからそこは慎重に行くよ」
ダーツ同好会の悪い噂の正体はきっとご禁制のダーツ・マシンのことが間違って伝わっているんだろう。部長もきっと敢えて強く否定せずにミスリードしてマシンの存在を隠そうとしているんじゃないかな。あの人、けっこう腹黒いところありそうだし。
「ま、なんにせよ、君子危うきに近寄らずだ」
「いろいろと教えてくれてありがとう。すっきりしたよ」
予鈴がなって先生がやってくる。
ダンジョンか。やっぱりただのアトラクションじゃないんだろうな。
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