第34話 スリング

「ただいまー」

「お帰り、コウくん」

「鍛冶屋さんに寄ったらこんなのもらったよ」

 鉄つぶてをテーブルに転がす。

「へー、スリングの弾かな?」

「スリング?いや、テツさんは鉄つぶてっていう武器だって言ってたけど」

「ふーん。でも手で投げるより、スリング使うほうが飛距離もスピードも段違いだよ?」

 ひよりが紐閉じになったノートの新しいページを開いてさらさらとイラストを描く。

「こんな感じで、長い紐の先に受け皿になる部分を作ってたまを置くの。んで、紐の部分をぐるぐる回して、勢いがついたところで紐の片方を放すと……」

 ノートにぐりぐりと円を描いていた鉛筆の先が円周を離れて真っすぐ直線を描く。

「だーんっ、命中!って感じになるんだよ」

 直線の先で爆発マークを描く。

「へー、シンプルな仕組みなんだね」

「石器時代からある武器だからね。確かこのまえコウくんが採ってきたロープがあったはず……」

 ひよりは棚から道具や材料を引っ張り出してきてさっそくスリングを作り始めた。

 革の端切れを器用に切って端っこに穴をあけ、ロープを通して解けない結び方で取り付けていく。ロープの反対の端には輪っかを作り、もう一方の端には結び目でこぶだけを作る。

「はい、持ってみて」

 あっという間に出来上がったスリングの二本の紐の端を握って水平に腕を伸ばす。受け皿の位置は膝上辺りになった。

「うん、いい感じ。あんまり長いとダンジョンの狭い通路だと振り回せなくなるからね」

「ここに弾を乗せるの?」

 受け皿部分に鉄つぶてを乗せる。受け皿は革でできているので、いい感じに鉄球を包み込んで安定する。ゆっくり振り子のように揺らしてもこぼれ落ちそうになったりはしない。

「なるほどね。遠心力がかかるからぐるぐる回しても落ちないんだ」

「そうだよ。あ、でもここは狭いからやんないでね」

 頭の上でぐるぐる回してみたいなあ、どうしようかなあ、と考えてたボクの頭の中を見透かしてひよりが釘を刺した。

「そ、そうだね。危ないから明日闘技場で試すよ」

「弾に柔らかいものを使えば部屋の中でも安全に練習できるよ。ゴムボールとかスライムとか。あ、スライムって言っても生きてるやつじゃなくておもちゃ屋さんで売っているやつね。材料集めも簡単だし、家で作って練習してもいいかもね」

 スライムなんて生きてるのはもちろん、おもちゃのだって普通の家には常備してないよ。ひよりさん。

「サンキュー、ひより。なんかみんなにもらってばっかりで申し訳ないなあ。

 あ、そうだ。テツさんが明日顔を出してくれってさ。ガラスの試作品を見てもらいたいんだって」

 ガタン!

「えーっ、早く言ってよ。すぐ行こう!」

 しまった。明日の朝に伝えるんだった。

「だ、ダメだよ、もう下校時間だし。今から行ったって間に合わないよ」

「大丈夫、まだ五分あるよ!」

「五分じゃ何もできないって。それに明日用意するって言ってたんだから」

「でも明日見せるんだったらもうできてるよね、行こう!」

「ちょっと待ちなって。とにかく荷物持たなきゃ」

「もう、なんで門限なんてあるの?夜まで開けててもいいじゃん!」

「ひよりみたいなのが徹夜してダンジョンから出てこなくなっちゃうからじゃないかな」

 とりあえずカバンをひっつかんで部室を出る。

「あ……」「ひゃあ……」

 言い合っていたせいで時間が思ったより経っていたらしい。購買部のある広場に着く前にふわりと体が浮く感覚がして、目の前が暗転する。

 どさっ。

 めまいのような転移酔いが収まって周りを見ると、ダンジョンの地上階に座り込んでいた。

 下校時間を超過すると強制的に地上階に戻されるって聞いたけど、体験するのは初めてだ。

「……魔法道具同好会、琴浦ひよりさんですね。門限を守るよう散々警告しましたよね?二学期はまだ一回目ですか。でもまた門限超過が重なるようであれば、部活の一時停止処分になりますからね」

 生徒会の腕章をつけた眼鏡のお姉さんが手に持ったリストにバツ印を書き込む。

「……はい、ごめんなさい」

「そちらは……。姫野荒太さんですか。初回ですから注意だけで済ませますが、同じ部活でしたら琴浦さんが門限を守るよう、あなたも注視してください」

「わかりました……」


 帰り道、歩きながらひよりに聞いた。

「門限破り、ひよりは常習犯だったの?」

「うん、ひとりだとつい時間を忘れちゃって」

 てへへ、と笑うひより。

「十回門限破りしたら、一学期の残りの期間は部活停止になっちゃった」

 いや、てへへじゃないでしょ、それ。

「だからね、コウくんが一緒にいてくれて助かってるんだよー」

「ボクは目覚まし時計かよ……。あ、もしかして部活に誘ったのってそれが目的?」

「そそそ、そんなことないよぅ」

 あわあわと手を広げて否定のポーズ。うん、これは絶対、門限対策が理由だね。

「まあ、ひよりの面倒を見るのは今に始まったことじゃないからね」

 小学校低学年のころ、なかなか帰ってこないひよりをおばさんと一緒に探して回ったっけ。そのうち十七時の放送の前にひよりを捕まえて一緒に帰るのが日課になったなぁ。

「今日はありがとね」

「うん、また明日」

「明日はガラスを見に行くんだからね。絶対遅刻しないでね」

「はいはい」

 遅刻って、部活は午後からだろうに。

「明日、楽しみだなぁ。うふふ」

 分かれ道で楽しそうに笑いながら帰るひよりを見送ってから家に向かった。


 おまけ。

 家に帰ってすぐにスリングを作ってゴムボールで試したところ、なぜだか弾が真横に飛んで本棚にあった写真立てが粉々になってしまい、お母さんにこっぴどく叱られました。


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