第33話 ソロ・第三階層(2)
というわけで、今日も第三階層にソロで来ている。第二階層の途中で単体で現れる魔物を二体ほど倒したけれど、第三階層では基本的には敵をやり過ごす方針で進めている。ゲームのようにレベルがあって魔物を倒して得た経験値で強くなるならいざ知らず、ここでのいわゆる
この辺りは何度もアタックしたのでどこに何があるのかはすっかり覚えた。トラップエリアのスタート地点で小石を拾って手の中でもてあそぶ。
「さて、今日はノンストップ通過に
掛け声とともにスタートダッシュ、一気にトップスピードまで加速する。同時にサイドスローで小石を投げる。作動ボタンに命中。
小石に反応して床から飛び出した杭を飛び越え、勢いを殺さず次に進む。
今度は罠に踏み込んで作動させる。正中線を軸に体をひねってくるりと回転、壁から吹き出す矢を避ける。
低い姿勢からの小さな前転で下がってくる天井との隙間を素早くすり抜ける。
壁を蹴って三角飛びの要領で床の落とし穴を飛び越える。
通路の角に向けて助走、勢いをつけて飛び上がり壁の照明器具を掴む。体が振り子のように振られるのに任せて直角コーナーを回り込み、曲がった先の床に着地。角の入り口と出口の二か所に仕掛けられているワイヤートラップをやり過ごす。
次々と現れるトラップを時には処理し時には避けてダンジョンを駆け抜けていった。
「ふー、なかなかのものじゃない?」
自己ベスト更新かな。タイムは計ってないけどね。
まだまだ短期間ではあるけれど、パルクールの練習をしている効果が出ているみたいだ。
さて、訓練の成果も確認できたし、次は例の小部屋に行ってみよう。そう思って振り返ると、少し先の通路から生徒が一人現れた。ボクの後ろに続いている罠だらけの通路を見て目を見開いている。
この人もソロかな?
なんとなく親近感を感じて近づいてみると、彼は腕に割りと大きな傷を負っていた。
「大丈夫?」
声をかけたら、なぜかキッと睨まれた。
「いい気になるなよ。俺のほうが強い、強くなってみせるっ」
捨て台詞を残して元来た道へと去っていく。
何だったんだろう?そういえばつい最近も同じようなことがあったような……。
そうだ、体育館裏の同学年の彼だ。
記憶の中から睨みつけ来る顔を思い出して合点がいく。このまえ遭遇したときから体が一回り大きくなっていたのですぐに記憶と結びつかなかった。
でもあのときといい、今といい、なぜ彼はボクを敵視するんだろう?
剣術部員のようだから今度ヒコに聞いてみよう。
気を取り直して例の小部屋である。
ここのところ毎日来ているけれど、いつ来ても必ずダンゴムシが十匹、床を這っている。
「せい、せい、せせいせい、せい、とぅっ」
何度かやってみて、下手に武器を投げたり踏みつけたりするよりもトンカチで一匹ずつ潰していくほうが早いことがわかった。ダンゴムシがシャカシャカ這って逃げるのに合わせて、こちらもシャカシャカ床を舐めるように動いてどんどんアタックする。最近では十匹残らず倒せるようになった。まあ、とても人に見せられるような戦い方じゃないけどね。
「さて、今日もいるねぇ」
壁の上の隅に目をやる。前とまったく同じ場所にヤモリ型クロウラーが張り付いている。
相手が動かないギリギリの距離を見極めて……
クイックドローの構えのまま、じっとヤモリを見る。シルエットが似ているからヤモリと呼んでるけれど、メカのような体をしているので警戒が緩んだかどうか気配を探ろうとしても手ごたえがない。
シャッ、カカカ、カラン
極力予備動作を抑えて棒手裏剣を三本同時に投擲する。だが、やはりヤモリのほうが一歩早く動いて手摺りの下に逃げ込んでしまった。
「ちぇっ」
ゆっくり壁に歩み寄って床に落ちた棒手裏剣を回収しながら、上を見上げてヤモリの張り付いていたあたりを見る。
「あそこを調べろってことでしょ。わかってるんだけどねぇ」
パルクールで教えてもらった高いところに登る動作を試してはみたけれど、ボクにはまだまだ技術が足りていない。今のところ、壁を一蹴り分飛び上がるのが限界だった。石積みのように見えて意外ととっかかりのない壁も難敵だ。指なりつま先なりが引っかかる場所が少しでもあれば、もう少し高いところまで届くと思うんだけど。
さて、ここはこのくらいにしてパルクール部に顔をだそう。無理なことをいくら粘っても時間が無駄になるだけだからね。
なお、本日の収穫は砂袋が四袋だ。初日の百パーセントには及ばないけれど、ドロップ率四割はなかなかに優秀。小遣い稼ぎとしても満足のいく成果だよ。
***
「こんにちはー」
「おう、コウタ。今日も行ってきたのか?」
「はいこれ、今日の分です」
砂袋をカウンターに置く。
「助かるよ。嬢ちゃんの注文がなかなか厳しくてな。ウチの試運転だけで最初の分は使い切っちまいそうだ」
「わかりました。明日も採りに行きますよ」
「……浮かない顔してんな。なんかあったか?」
「……いえ、どうしてもヤモリ型のクロウラーが倒せなくて。毎回逃げられてしまうんですよ。何かレアなアイテムを持ってそうな気がするんだよなー」
一瞬、剣術部の一年生の顔が頭をよぎったけれど、ここでする話でもないのではぐらかす。
「棒手裏剣だとどうしても振り遅れてしまうんですよ。相手が小さいから適当に投げても当たらないだろうし、狙いに気を付ける分、半呼吸ほど出が遅くなるところを見透かされてるんじゃないかって」
「そうだな……。棒手裏剣なんかはやっぱり対人向けの武器だからな。命中しなくても牽制して隙を作ったり逃走したりするのに使えるんだが、トカゲ相手じゃ意味がないか。スピードが必要な投擲武器っていうんなら、シンプルに鉄つぶてにするか?」
テツさんがそう言って倉庫のほうに引っ込んでいく。すぐに箱を手にして戻ってきた。
「いろいろあるが、速さと命中率を狙うならやっぱりある程度大きさがあったほうがいいだろう。これなんかどうだ?」
パチンコ玉サイズから小判より大きいくらいのサイズの平たいものまでいろいろある中から、ピンポン玉ほどのものを選び出す。
「しっかり指を掛けて投げられる大きさだし、これ以上大きくなると重くなって肩を痛めかねないからな」
確かに、見た目は小さめだけど鉄の塊だからずっしり重い。外でこれを投げたら警察が飛んでくるに違いない。
「いくつかあるから持っていけ。アイテム扱いだから数があってもストレージを圧迫しないだろう。なあに、お代はいらねえよ。何年も倉庫に眠ってた不良在庫なんだから気にするな」
「ありがとうございます、テツさん。至れり尽くせりで申し訳ないなあ」
「こっちだっていい原料を毎日持ってきてもらってるんだ。持ちつ持たれつさ。それにコウタはソロで潜ってるんだろう?ダンジョンでやられちまったら、こっちとしても損失だ。おまえさんの装備充実はこっちの利益でもあるってことさ。
ああ、そうだ。嬢ちゃんに伝えてくれ。そろそろ見せられる試作品ができそうだ。明日にでも様子を見に来てくれってな」
「わかりました。明日の朝に伝えますよ。今言ったらすぐに飛んできちゃいますんで」
「ははは、違いねぇ。じゃあよろしくな」
「ありがとうございました」
***
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