第32話 冶金鍛造研究部

 ***


 冶金鍛造研究部。

 鍛冶屋と呼ばれちゃいるが、武器を打つことだけを追い求めているわけじゃない。部の活動目的は鉱物資源の「採取」「精錬」「加工」そして「合金の製造」と定義されている。武具の製造はむしろ、それらの目的の先にあるオマケみたいなもんだ。

 だが、ダンジョンが開かれた当初から一世紀以上を過ぎて、ここはずいぶんと寂れてしまった。理由はシンプルだ。原料である鉱物が採れなくなったのだ。詳しいことはわからないが、順調に成長していたダンジョンがある日を境に衰退し始め、開かなくなった扉や通れなくなった通路が増えていき、第四階層にあったという鉄鉱石の鉱脈も失われてしまったという。しばらくはストックの原料を使って武具の製造を継続してきたが、ここ数年はそれもできないほどに在庫が枯渇している。俺も入部以来、技術の継承を目的とした精錬作業を数回やらせてもらえただけで、本物の鉄鉱石にはとんとお目にかかれていない。

 部員たちも散り散りになってしまい、鍛冶屋に残ったのは俺と砥ぎ師のタツだけだ。

「ガラスの製法書はどこにしまったかな」

 奥の書庫に入るのは久しぶりだ。一年坊のころは一日中ここに篭って古臭い文献を片っ端から読み漁ったっけな。

「珪砂とソーダ灰と石灰か。透明度が高いのは鉛ガラス……。鉛は在庫がないな」

 ソーダ灰は原料倉庫のほうにあった。『ナトロン』と書かれたラベルが張られた壺を持ち出して作業台に置く。

「石灰……は、スケルトンの骨でも収集するか。商会で買うと高いからな」

 本来、ガラス製造はそれを専門に行うチームが執り行っていた。材料を精錬して高温で溶かすところまでは鉄とまあ似たようなものだが、そのあとが大きく異なる。金属は冷えて凝固点を下回ると固化するが、ガラスはゆっくりと粘度をあげながらも液体のように伸び広がる状態が続く。アモルファス……なんとかと言ったかな。薄く均一に伸ばすには、鉄とは違う専門の技術がいるのだ。

「そこのところはアイツを呼ぶか。嫌とは言うまい」

 むしろ、この話を聞きつけたら飛んできて俺から仕事を奪いかねない。

 そうはさせるかよ。こんな面白そうな仕事、誰にも譲るつもりはない。溶かしたあとの工程くらいは恵んでやろうってことだ。昔馴染みのよしみってやつさ。

 だからこそ、原材料の精錬には手を抜けない。製法書によると、ガラスの透明度を上げるには砂に含まれる不純物をできるだけ取り除く必要があるということだ。鉛を使って透明度を上げる製法が使えない以上、原材料の純度が品質を決める要因ファクターになる。

「ガラスの断面が青みがかって見えるのは不純物に含まれる鉄分の影響、か」

 ルーペを取り出して砂粒を観察する。白や半透明の粒子に混じって黒い断片が見える。

「砂鉄か。なら、比重で分ける手法で行けるか」

 鉄穴かんな流しという手法がある。鉄鉱石の鉱床が少なかった日本で土砂から砂鉄を取り出す技で、日本刀の原材料となる玉鋼を作るために編み出されたものだ。鉄穴流しは地形を変えるほどの大規模な手法で、山を切り崩し土砂を大量の水に流して比重の重い砂鉄を抽出するものだ。だが今回は砂鉄の採取ではなく除去が目的だから、原理を応用した小規模な仕組みで何とかなるだろう。幸いここには魔法がある。規模が小さければ水流も遠心力も少ないコストで調達できる。磁石が使えればもっと簡単だったかもしれないが、外から持ち込んだ磁石ではダンジョン内の物質に作用することはできない。

「使える手はなんでも試してやってみるさ」

 しかし、この砂。一体どこで手に入れたのだろうか。女の子のほうはたぶん違うだろう。後ろについていた一年坊主が調達したものか。ついこの間もドロップ品のショートソードを持ち込んできていたから間違いあるまい。

「あのー、すみません……」

 噂をすれば影が差すというやつか。さっきの一年坊主が再訪してきた。今度は一人のようだ。

「なんだ。忘れ物か?」

「いえ、ガラス作りのことで何かお手伝いできることはないかなと思って」

「モノ作りはこっちの仕事だ。なぜおまえが気に掛ける?」

 純粋な疑問から出た言葉だったが、一年坊主は少し顔をしかめた。

「ボク、ひよりの手伝いで魔法道具同好会に入ったのにあまり役に立ててなくて……」

「砂を入手してきたのはおまえじゃないのか?」

「そうですけど」

「なら一番の功労者じゃないか。何をそんなに自分を卑下するようなことがある。漢なら胸を張れ」

「とにかく、何か少しでも役に立てること、ありませんか?」

 何が原因かは知らないが、こいつはどうやら自分に自信がないらしい。まあいい、役に立ちたいというなら協力してもらうか。全部こなすには手が足りないと思っていたところだ。

「そうだな。スケルトンの骨を手に入れてきてくれ。量はそんなにはいらない。一、二体分で構わん」

「あ、それなら持っています。……これでいいですか?」

 一年坊主は慣れていなさそうな手つきでステータス画面をカウンター上に展開してストレージから骨片を取り出す。

「ああ、これで十分だ。助かるよ」

「そうですか、よかった。ほかにも何かないですか?」

 なんだろう、この一年坊主。手際が良すぎて役に立った実感がないということだろうか。正直、こっちとしてはスケルトン狩りに行く一日分の工程が短縮できて大助かりなんだか……。なんだか危ういな。

「おまえさん、砂をどこで手に入れた?それを俺に教えてくれないか」

「第三階層の小部屋です。クロウラーからドロップしました。よかったら地図に場所をマーキングしますよ」

「……。おまえさん、いつもそんなふうに素直なのか?」

「え?まあ、秘密にするほどのことじゃないし」

「天然なのか馬鹿なのか。ったく。いいか、坊主。ダンジョンでめぼしいドロップ品が出なくなって久しい。そんな中でこの砂はガラスの原料となる貴重な鉱物の一種だ。それが知れ渡ったらあっという間に争奪戦になるだろう。おまえがせっかく手に入れたアドバンテージが失われてしまうんだぞ。そんな貴重な情報を見返りもなしに他人にペラペラと明かすんじゃない」

「鍛冶屋さんは依頼先だし、もう砂のことは知ってるから他人じゃないかなと……。それに鍛冶屋さんの役に立つならガラスの出来上がりが早くなってこっちも助かるから見返りもあると思うんだけど……」

「それはお人好しの考え方だ。まあ、悪いとは言わないが、競争社会じゃ通用しないぞ。何でもかんでも金勘定ってのもダメだが、自分のカードは使うべきときに切るもんだ。無駄にさらせばどんな役札もただのブタハイカードと一緒だ」

「スミマセン」

「まあいい、俺は鈴懸すずかけてつだ。おまえさんは?」

「あ、姫野荒太です」

「何を驚いた顔をしている。他人じゃないって言ったのはそっちだろう?知り合いなら名前くらいは交換するもんだろうが」

 がっしりと握手をする。細いがしっかりとした握力で握り返してくる。ただの弱腰というわけではなさそうだ。

「ところでコウタ、この砂、もっと手に入らないかな。こいつは金になる。商会に知られないうちにできるだけ手に入れておきたい」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべる。一年坊主は少し驚いたあと、分かったというように笑みを浮かべ返してくる。

「いいですよ。テツさんにはお世話になりますからね。特別価格で提供しましょう」

「わかってるじゃないか。それでいい」

 こいつは何か持っている。幸運なのか悪運なのかはわからないが、面白いことになりそうだ。

「鉱物系で何か見つけたら俺のところに持ってこい。タダで鑑定してやる」

「わかりました」

「期待しているぞ」

 さて、忙しくなりそうだ。

 俺は久々に魔高炉に火を入れた。


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