第31話 ガラスを作ろう

「コウくん、コウくん、コウくーん」

「はいはい、そんなに騒がなくてもすぐに行きますよ。先に行ってて」

 ひよりは朝からずっとこの調子で、放課後になった今はとにかく早く部活に行こうと急かされている。

「ちょっと姫野君。ひよりに一体何をしたの?」

 カバンに教科書を突っ込んでいるところに白井さんが寄ってきて詰め寄られた。ひよりが離れるタイミングを狙っていたらしい。

「別に何もしてないよ」

「うそ。あんなひより、見たことないし」

「そうか?夢中になったときのひよりはいつもあんな感じだけどね」

「むかっ。さりげなく幼馴染ムーブ見せてくるし……」

 何かぶつぶつ言っているけど無視して身支度を進める。遅くなると今度はひよりに詰められる危険があるからね。

「ひよりに聞いても秘密の一点張りで教えてくれないんだもん」

「ひよりが言わないんならボクからも言えないよ」

 大したことじゃないんだけどね。砂が手に入って浮かれているって言ったら信じるかな。

「けち。二人で大人の階段登るとかそんなんじゃないでしょうね?」

「いつの時代の言い回しだよ。そんなんじゃないって。部活の話」

「ふーん?」

 納得していない表情で腕組みをしている。

「これ以上遅くなったら、白井さんに引き留められたってひよりにチクっちゃうからね」

「わかったわよ。もう、行きなさいっ!」

 なんとか解放してもらったよ。さ、急がなきゃ。

 教室の出口でヨギがニヤニヤしながら立っていた。どうやら一連のやり取りを安全圏から見ていたようだ。

「災難だったな、コウタ。白井さんはひよりちゃんオタだからシツコイぞ」

「あれ、ヨギこそひより狙いなんじゃないの?」

「おま、ばか、そんなわけねーだろ」

 慌てるのは図星だったからか白井さんを恐れたからか……

「ヨギぃ、なに話してるのぉ?」

 ひぃ、と血の気が引いている顔を見ると後者なのかな?などと想像しながらダンジョンに向かった。


 部室に着くとひよりの準備はすっかり完了していた様子で、腰に手を当てて待っていた。

「遅いよ!」

「ごめんごめん、ちょっと引き留められてて」

「いいわ。とにかく行きましょう。下校時間までそんなに時間があるわけじゃないんだからね」

 引っ張られるようにして部室を出る。

「どこに向かっているのかな?」

「鍛冶屋さんに決まってるでしょ。言ったよね?」

 言ったっけ?聞いてないと思うんだけど、という思いは表情だけにして言葉を飲み込む。

「ガラスを作るって言ったじゃない」

「それは聞いた」

「だったら、鍛冶屋さんに決まってるでしょう」

 鍛冶屋は武器を作るところでは?

「砂を溶かすのに魔高炉が要るでしょ?魔高炉があるのは鍛冶屋さんじゃない」

 ああ、そういうことか。って、そんなモノ作りのことはきちんと説明してくれないと察せないよ、ひより……。

 行き先が分かったので先に立って冶金鍛造研究部を目指す。

 途中、購買部の前で美宮みるく先輩と行き当たった。

「あら、仲良く手をつないでデートかな?隅に置けないね、コウタくん」

 慌ててパッと手を放す。部室を出るときに手を引かれて、ついそのまま来てしまった。

 ボクが何か言い訳を口にする前に、ひよりがガシッと手を掴んで急ぎ足で引っ張る。

「コウくん、急ぐって言ったでしょ」

 仕方がないので先輩には会釈だけしてその場を後にした。

「あらあら、もうお尻に敷かれているのかしら」

 美宮みるく先輩は新しいおもちゃを見つけたように楽し気な笑みを浮かべた。


「こんにちわー」

 ひよりが元気いっぱいに声をかけながら鍛冶屋の扉を開けた。

「いらっしゃい。何の用かな?」

 騒がしい登場に、さすがに今日は居眠りのふりはしていられなかったようだ。この前応対してくれた先輩が今日もいて、カウンターの向こうで姿勢を正した。

「ガラスを作ってください」

 にこにこ。身長の低いひよりがカウンターに手をかけると子供がお遣いに来たように見えなくもない。ちょっとほっこりする。

「買い物なら商会のほうに行ってくれ、嬢ちゃん」

「買うんじゃなくて、作ってほしいんです」

「……ここはガラス工房じゃないんだが」

 鍛冶屋の先輩も困った表情を浮かべている。

「違いますって、いちからガラスを作ってほしいんです」

いちからって、原料なしに作れるわけないだろう。いくら魔法ありのダンジョンの中とはいえ、無からモノは生まれないよ」

「材料は、あります」

 ささっとステータス画面を開いて指をひらめかせる。見たこともない素早い手際で砂袋をカウンターの上にどさりと出現させた。

「なんだこれは……砂か!」

「はい、これを全部使っていいのでガラスを作ってほしいんです」

「なんと……。こんな量の鉱物資源は初めて見るぜ……」

 鍛冶屋は丁寧に袋の口を解いて、まるで砂金を手にするように砂をすくい詳細にあらため始めた。心なしか手が震えている。

「あのー、できますか?」

「できるかだと?誰に言ってるんだ。炉で焼くものならウチでできないものはねぇ。原料さえあれば、ガラスだろうとピザだろうとなんでも焼いてみせらぁ!」

 ようやく忘我の状態から復帰した先輩が大声で返す。

「じゃあ、じゃあ、こういう形状のものを何組か作ってください。あと、ガラス板も」

 迫力に気圧されることなくひよりは筒から図面を取り出して説明を始める。

「レンズか。研磨もいるな。それにガラス板。どのくらいの厚みだ?」

「薄ければ薄いほうがいいです。あ、でも表面の平滑性も確保してほしいです。顕微鏡のスライドガラスみたいな感じで」

「いきなりハードルが高い注文だな。だが、いいだろう。腕が鳴るぜ」

「レンズのほうは一応図面に寸法を書いてありますけど、ピッタリでなくて構いません。試作用なので、サイズが多少ばらけても組み立てのときに調整が効きますから。その代わり、光軸はできるだけ精度を上げてほしいです」

「研磨のほうは砥ぎ師の連中に任せることになるが、まあ、あいつらなら下手な仕上げはしないだろう。こっちも任せてくれ」

「よろしくお願いしますっ」

「ああ、こっちこそ、頭を下げてでも受けたい依頼だ。ありがとよ。炉を使って原料から作るなんて久しぶりの大仕事だ。お代はいらねえ。その代わり納期はこっちに任せてもらえるか?納得のいくものが作りたい」

「わかりました。良いものが作りたい気持ちは私もいっしょですから」

 ボクはほとんど一言も発する余地なく、商談がまとまっっていく。

 モノ作りに打ち込む者同士が意気投合する場で、ちょっと疎外感を感じるなあ……。

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