第30話 生徒会定例会(2)

 ***


「……部活動に関しての報告は以上です。次に、先週調査を指示されたトラップ動作不良の件ですが……」

「何かわかったか?」

「それが、調査開始日以降では異常は認められず、トラップの正常な動作を確認しています」

「ガセネタに踊らされたか」

「いえ、そういうわけでもなさそうです。前日にトラップで負傷した生徒から話を聞くことができました。それによると確かに数日前からトラップが作動しなくなっており、その日も故意にトラップを踏んだところ、倒れてきた壁に挟まれたとのことです。

 また、これは第三階層の情報になるので関連性に疑義が残りますが、最近頻繁に単独で活動を行っている生徒の目撃情報が報告されております。その生徒はトラップのある通路を選んで活動している節があり、第三階層の広い範囲に渡ってトラップの無効化が確認されています。

 ただ、第三階層ではトラップは作動させたうえで無効化されており、トラップそのものの動作を解除していると疑われる第二階層の振舞いとは合致しません。この点からも第二階層の事象とは関連性が薄いという見方もあります」

「第三階層なら、例の物好きなパルクール部の仕業じゃないのか?」

「いえ、パルクール部が常時使用しているトラップゾーンとは別のエリアになります」

「ふむ。その目撃された生徒というのは身元が判明しているのか?」

「姫野荒太、一年生。魔法道具同好会所属です」

「どこかで聞いた名だな。まあいい、関連性が薄いというのであれば現時点で追及する必要はないだろう。トラップの異常も認められなくなったということだし、本件はこれ以上の調査は不要とする」

「承知いたしました。

 次の報告になりますが、簿記会計同好会から苦情といいますか、陳情が来ています」

「商会から?」

「はい。営業妨害を受けているから止めるように生徒会から注意してほしいと」

「ふんっ。普段は経済活動は魔工技術協同機構アカデミーのテリトリーだから口を出すなと主張するくせに」

「具体的にはどのような妨害を受けているのだ?」

「アリバス商会の下部組織である倉庫番同好会が業務提携を拒否しているようです」

「なんだ、身内の揉め事じゃないか。お門違いだ」

「原因はなんだ?」

「倉庫番同好会が本来の部活動に集中できる環境が整ったので、アリバス商会の倉庫管理業務から撤退すると言い出して揉めているようです。アリバス商会の申告によるとそもそもの発端は魔法道具同好会が倉庫番同好会に浮遊術式の魔法陣を販売したことが原因だとか」

「どれもアカデミーに所属する部活動ではないか。普段主張するように、自分たちのことは自分たちで面倒を見ればいい。都合良く生徒会を使おうなどと片腹痛いわ」

「ふむ。苦情自体は無視で構わないだろう。だが魔法陣のことは気になるな。浮遊術式の魔法陣は既知なのか?」

「お待ちください……。驚きましたね。新しい魔法陣のようです。確実を期すには魔法陣研究部に照会する必要がありますが」

 普段は冷静な態度を崩さない笠取かさとりが一瞬驚きの表情を浮かべた。

「自力で魔法陣を開発したとは考えにくいですからドロップで入手したのだろうと推測されます。それにしても、新種の魔法陣のようなレアなレシピがそう簡単に出るとは思えないのですが……」

「魔法道具同好会か。今まで表立った活動はなかったと記憶しているが、こうも頻繁に名前が挙がるとなると何かありそうだな。一度会って人となりを確認してみるか……」

「それと例の件の調査ですが、今週も進展なしです」

「当事者が自主退学してしまったのが痛いですね。最も有力な情報源だったのですが」

「仕方あるまい。我々生徒会に捜査権が認められているのはダンジョンの中だけだ。外に出れば強制的な聴取はできないし、退学ともなれば完全な部外者だ。接触することすらままならないわけだからな。引き続き関係者を中心に調査を続けてくれ」

「承知いたしました」


 ***


 「はっ、せいっ」

 「やーっ」

 「まだまだぁっ!」

 剣と剣を打ち合う音が方々で響き、耳に痛いほどだ。

 荒い息と踏みしめる足音、重量のある金属が勢いよく振り回される風切り音。

 闘技場のそこかしこで真剣な剣戟が繰り広げられている。

 剣術部のいつもの練習風景だ。

 中央部の広いエリアでは三年生が演武のような洗練された動きでやりあっている。それを取り囲むように二年生がいくつかのグループに分かれて連携の確認を行ったり、三年生の演武を見学したりしている。一番人数が多い一年生は壁に近い円周部分で素振りや型稽古を中心に練習していた。

 一年生のエリアのさらに端っこのほうで一年生同士が掛かり稽古を行っている。体格がいいほうの一年生は道庭みちば嘉彦ひろひこだ。相手はヒコとやりあうには小柄で筋肉もさほどついているふうはない。明らかに不利な体格差だったが、押されているのはヒコのほうだった。

「くっ、うっ、ぐっ……」

 ガッ、ガッ、ガッと力任せに叩きつけるような攻撃だ。ヒコが思わず剣で受けてそのままいなしきれずに押し込まれる。ついには膝をついてしまった。

 重たげな直剣が、小柄で細い腕から凶暴な力を込めて何度も振り下ろされる光景は異様な雰囲気があった。

 片膝をついたヒコが降参リザインの合図を送る。対戦相手は一瞬、振りかぶった腕に力を込めたように見えたが、するりと剣を下ろした。

「力をつけたみたいだな」

 ヒコが健闘を称える言葉を贈る。だが、相手は別の意味に捉えたようだ。

「なに上から目線で言ってんだよ、負けたくせに」

 困惑するヒコの代わりに周囲で見ていた一年生たちが詰め寄ってきた。

「なんだよおまえ」

「せっかくヒロが相手してやってんのに、礼の一つもなしってどういうつもりだよ」

「……」

 だが、相手は反省するふうもなく、いきり立つ周囲の面々を無言で睨みつけるときびすを返して足早に闘技場を出ていった。

「夏休み明けからずっとあんな感じだな、時任ときとうのヤツ」

「あんな狂犬みたいなやつ、相手にすることないのに」

 ヒコは考え込んだ顔で相手の去った方向をしばらく見つめていた。

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