第29話 パルクール部

 地図を再確認すると、しばらく行った先にとんでもない数の罠が密集した地帯が描かれていた。

「これはまた、すごいね。まるで罠アスレチックじゃん」

 動く床、平均台、落とし穴、擁壁越え……

 槍とか矢ぶすまといった殺傷力の高い罠はないけれど、なかなか高難度な障害物のオンパレードになっている。

「そりゃあ、魔物も剣術部も避けるわけだ」

 どんなものか、ちょっとわくわくしながら罠アスレチックゾーンを目指す。

 そこは通常より道幅が広く天井も高い特別な空間になっていた。

「なんかすごいね」

 手前の広場になったエリアは数段の階段を下りる形になっているので、ここからはアスレチックゾーンが少し先まで見通せる感じになっていた。広場の先は少しずつ床面が高くなるような段々のエリアが続いていて、様々な障害物が配置されているのが見える。

 ダンジョンのほかの部分とは一味違う景色に目を見張っていると、奥のほうからすごい勢いで下ってくる人影が現れた。しかも一人だけじゃなく、何人も続いてやってくる。

 一瞬魔物かと警戒したけれど、明らかにジャージ姿だったので学園の生徒だとわかる。

 流れるような不思議な動きで高い壁から飛び降り、前転して立ち上がり、突き立った棒につかまって回転しながら降下し途中から飛び離れてまた柔らかく着地する。猫のように飛び上がって壁の途中の突起につかまったかと思うとジャンプの勢いを失わないうちに体を引き上げ、さらに高いところへ飛びついて登っていく。

 別の一人は同じ高さを、今度は横の壁を駆け上がって蹴り、空中で体を一回転させてそのままひさし部分を掴むと体を引き上げて登っていった。

「なんか!すごいねっ!!」

 神業の連発に思わず拍手喝采して声をあげてしまった。


「すごいですね。どうやったらあんなことできるんですか?」

 広場でクールダウンしている団体に話しかける。

「パルクールっていうスポーツだよ」

 激しい運動に見えたのにほとんど息を切らしていない。

「こういった様々な地形、自然環境を滑らかに素早く通り抜けるテクニックを磨くことを通じて心身の鍛錬を行う運動方法のことさ。

 自分の身体機能を理解して現時点の限界点を把握し、その上で鍛錬を通じて限界を超えるための方法を模索するんだ。高く飛び上がるために筋力を鍛えるのではなく、体をうまく使って今以上の高い地点に手を届かせるコツを探す感じかな。興味あるかい?」

「はい、ボクはダンジョン攻略でシーカーを目指していて、入れない場所、届かないところに手を届かせる方法を探してるんです」

「ははは、きみはダンジョン攻略派か。僕たちは現実社会でのパルクールの上達を目指していてね。見てもらった通り、パルクールは素人が取り組むには危険なスポーツでもある。ちょっとのミスが命取りになるケースも多いんだけど、ここなら万が一があっても身体に影響は残らないし、思い切った挑戦ができるから上達も早くてね。場所も確保できて僕たちパルクール実践者トレイサーには天国みたいな環境なのさ。

 目指すところは違っても、アドバイスすることはできるよ。やってみるかい?」

「ぜひ、お願いします!」

 パルクール部は運動部として活動しているけど、いっしょに練習するにあたって入部を勧められることはなかった。各々が各々の目的・信念に基づいて鍛錬するという、ちょっとした哲学のようなものに従っているみたい。だからアドバイスはあっても直接指導するような訓練はなかった。自分ならこうするよ、といって見せてくれる。そこから自分なりの解釈で実践し、自分の体を動かして習得していく。そんな感じ。

「パルクールはどんな場所でも練習できる。逆に言えば起きて動いている間は周りのものすべてが越えるべき障害物ってわけだ。自分を理解し、自分に挑戦する。わからないことがあったら僕らに聞きくればいい。いつでも相談に乗るよ」

「ありがとうございます」

「あー、そうだ、一点だけ注意事項があるよ。ダンジョンの外でのパルクールは控えること。そっちはいろいろと法律とか危険性とか、知っておかなくちゃいけないことを学んでからじゃないと厳禁だからね」

「わかりました。約束します」

 今日は取り急ぎ、壁の高いところにタッチするための体の使い方を教えてもらった。実践にはまだまだ足りないけれど、練習すればあの小部屋の手摺りにも手が届くようになるはずだ。

 ダンジョン攻略の武器をまた一つ手に入れることができた。


 ***


「ただいまー」

 ダンジョン下層から帰還して部室に到着する。下校時間まであまり時間はなかったけれど、ひよりは何やら機械の設計図を描いていた。

「コウくん、お疲れさまー。何かいいものあった?」

 ボクの充実した表情を見て、ひよりに期待を持たせてしまったみたい。

「あー、ドロップ品は大したものはなかったんだけどね。パルクール部に参加してちょっとトレーニングっていうか、技を教わったんだ」

「そっか、よかったじゃん」

 笑顔で答えながら片づけを始める。笑顔だけど、少し影がある。何か悩んでるのかな?

「どうしたの?なにか問題?」

「ううん、大したことじゃないんだー。魔法陣を簡単に写せる道具を作ろうと思ったんだけど、材料の調達が難しくて作れそうにないんだよねー。別の方法がないか考えてるんだけど、なかなかね」

「そっか、設計とかそういうのにはあんまり力になれないからなぁ。ゴメン」

「コウくんが謝ることないよー」

 とはいえ、エストを使うだけで役に立てていない身としては申し訳ない気持ちでいっぱいなわけで。

「それで、これ、今日の収穫なんだけど……」

「なになに?」

「砂。ごめん、期待させちゃったかな」

「砂?へー、珍しー」

「砂って珍しいの?」

「そうだよー。外だと公園に行けばいくらでも落ちてるけどね。あー、あれも本当はお役所がお金出して補充しているんだった。でもまー、ダンジョンの中は基本、石畳だし掃除も要らないから砂なんて手に入らないんだよ」

「ふーん、そうなんだ。でも砂なんて役に立ちそうにないじゃん。使い道があるとしたら、お手玉とか、サンドバッグとか?」

「うーん、そうだねぇ。砂があったらガラスが作れるよ……って、そうじゃん!ガラス、ガラスだよぅ!!ガラスが手に入るじゃん!!!」

「え?えっと?」

 ひよりの突然のテンション爆上がりに目をぱちくりする。いきなりボクの手を取ってぴょんぴょん跳ね回りだした。

「すごいよ、コウくん!やっぱりコウくんは私の夢を叶えてくれる幸運の女神さまだよー」

「ボクは男だって!」

 ボクの抗議にも耳を貸さず、あははと満面の笑顔を浮かべてバシバシ背中を叩いてくる。

「もう下校時間だからさ、落ち着きなよ。続きは明日っ!」

「うん、明日ね。楽しみだなぁ、えへへ」

 ひよりのハイテンションは帰り道の間もずっと続いていた。


【本日の獲物】

・ダンジョンクロウラー(ダンゴムシ)×十匹

・ダンジョンクロウラー(クモ)×二匹


【入手アイテム】

・細いロープ×三メートル

螺鈿らでんのプレート×1欠片

・砂×五袋

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る