第28話 ソロ・第三階層

 今日は一人で第三階層に来ている。

 あれからしばらくは倉庫番同好会で木箱に浮遊の魔法陣を刻印する作業をしたり、ダーツ同好会で投擲の訓練をしたりでなかなかダンジョンには降りてこれなかった。懸案だったメインアームの性能アップのために大型ナイフを砥ぎに出していたという事情もある。おかげで大型ナイフの攻撃力が少し上がったし、クナイも多少は使えるようになった。ほかにも使い捨てできる投擲武器として棒手裏剣を数本購入したので、手数で攻めるボクのスタイルを考えるとそれなりに火力アップは図れたと思う。

 それはいいんだけど、調達要員として魔法道具同好会に入ったはずなのにボクの装備を充実させるためにエストを使ってしまっている現状はいただけない。これではただのお荷物じゃんかと焦りを感じる。ひよりは気にしなくていいっていうけど、やっぱり男のプライドってものがあるじゃんね。

 エスト集めで役に立てないならせめて素材集めで貢献しよう。

 ということで、今日は第三階層のダンジョンクロウラーをできるだけたくさん狩ろうと思う。魔物との戦闘は避ける方向で、ついでにうまく隠れたりやり過ごしたりする技術も磨こう。

 ほかの部活とは活動範囲が被らないようにしたいから、敢えて罠の多いルートを選択する。幸い、罠の位置と大体の種類は購買でもらった地図に記載されているから事故にあう危険は少ない。

「床から突起物」ザシュ。

「右の壁から吹き矢」シュシュッ、カカカッ。

「天井から落石」ドカッ。

 起動スイッチ部分に石つぶてを当てて罠を作動させ、特長を確かめながら進む。

 起動スイッチはそれほど凝った作りになっておらず、慎重に探せば見つけられる程度の隠し方しかされていない。だけど、敵との交戦中や退却を急いでいる場合なんかは気づけずに罠を踏み抜いてしまいそうだ。

「第二階層でも思ったけど、けっこう殺意高いんだよね、ここの罠」

 罠が多いルートだからか、魔物との遭遇がないのは助かるけど。

 途中、いくつかの小部屋を覗いてダンジョンクロウラーを数匹倒したけれど、今のところめぼしいドロップ品は出ていない。少し長めの革紐みたいなロープと薄くて丈夫な小さなプレート。貝殻のような光沢があるから加工してアクセサリなんかになるかも?

「やっぱり初日はラッキー補正がかかっていたのかな」

 独りちながら進む。

 やがて右手に分岐する通路が見えてきた。地図によると袋小路になっているらしい。

 突き当りに小部屋。

「ん?」

 なんとなく配置が怪しいよね、この小部屋。

 第三階層のわりと中央部分に位置するのに、この小部屋の向こうに大部屋が一つくらい入りそうな空間がある。地図では何もない場所として塗りつぶされているけれど、周辺の通路にはその空間の反対側にいくつも扉があって、こちら側には一つも部屋が配置されていないなんて……。

「ここ、あの通路の反対側だ」

 先日ヒコにキャリーしてもらって第三階層を訪れたときの長い直線通路を思い出す。右手に何もない壁がやけに長く続いていた印象がある。

 自分の勘に従って通路の奥に向かう。

 正面に見える木の扉を慎重に開ける。左の手にはクナイを逆手に握り込んである。

 ギィ……

 かすかな軋み音と扉から刺す明かりに反応して、床を這いまわっていたダンゴムシ型のクロウラーが部屋の奥へと散っていく。

「うほっ、大漁ー」

 ほかに敵の気配がないのを確認し、逃げるダンゴムシを追撃する。普段は多くても一部屋に二、三匹なんだけど、ここには十匹近いダンゴムシがいた。

 とりあえず一番遠いヤツに左手のクナイを投げる。命中。

 走りながら今や一番の相棒となったトンカチを抜いて殴りつける。二匹目。

 返す刀(トンカチだけどね)で二匹仕留める。

 足元で方向を変えた一匹を踏み潰す。五匹目。

「む」

 目の端に天井近くの壁にへばりついたヤモリ型のクロウラーを捉える。

 ボクは反射的にベルトの大型ナイフに左手をかけ、クイックドローから投擲した。

 ガッ。

 狙い違わず、ヤモリのいた場所に大型ナイフの切っ先が突き当たる。だけど敵のほうが一瞬早く動いて避けた。ヤモリはそのまま天井近くに這わせられた手摺り状の横棒の下に逃げ込む。あれでは追撃は無理だ。しばらくはちょろちょろと動くしっぽが見えていたけれど、そのうち壁に溶け込むように姿を消した。

「ちぇっ」

 ヤモリ型は初めて見る。クモ型のクロウラーからトラップリシンダーがドロップしたことを考えると、よりレアなヤモリ型からもいいアイテムがドロップするんじゃないかと期待できるんだけど。ヤモリのほうがクモより目がいいのか、こちらの動きに素早く反応して見せた。もっと遠くから狙う必要がありそうだ。

 残りのダンゴムシ型クロウラーたちもいつのまにかみんな奥の壁に消えていた。クロウラーはダンジョンの壁を遊走してすり抜けられる特性を持つ。

「あいつら、全部正面の壁に消えていったよね。やっぱり何かありそうだなあ」

 奥の壁に歩み寄り、先ほど投げた大型ナイフを拾う。壁に手を這わせたり、耳を当ててナイフの柄頭でコンコンと叩いて反響音を聞いたりしてみたけれど、とくに変わったところは見当たらない。

「うーん……ん?あれは」

 ヤモリの張り付いていたあたりをよく観察すると、怪しげなでっぱりがあるように見える。もしかしたら罠か何か、動く仕掛けがあるのかもしれない。

「近くで調べないとわからないな」

 ただ、天井近くに位置していてここからでは細かいところはわからない。梯子か何かが要りそうだ。

「あそこの横棒に図書館にあるような梯子をかけるんじゃないかな」

 とはいえ、この小部屋はがらんとしていて何も置かれていない。もしかしたら昔はあったけれど、誰かが持ち去ったのかも。

 出直すか。

 といっても梯子の当てはないし、第三階層まで持って降りるのは現実的じゃない。横棒につかまることができれば何とかなりそうだけど、自分の身長の二倍はありそうだ。あの高さじゃ飛びつくなんて芸当も無理だよなあ。

 そうだ、ひよりのあのブーツの修理が完了すれば、あるいは手が届くかもしれない。

 それまでは保留、とあきらめて床にポップした戦利品に注意を向ける。

「砂?」

 ダンゴムシ五匹分の砂の山。

 なんだこれ?ドロップ率百パーセントって言えば十分ラッキーな戦果なんだけど、ただの砂じゃあねぇ。まあ、初めて入手したアイテムだし、要るか要らないかはひよりの判断に任せよう。


 小部屋を出て通路を戻り先に進む。下校時間までまだ時間は十分に残っているので、未踏破のエリアをもう少し回ろう。

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