第26話 浮遊魔法陣の使い道

 大男が再び木箱の両側に立ち、箱をひっくり返してもとの姿勢に戻す。

「さて、それでは見ていてください。

 このように、魔法陣を発動していない状態ではぴくりとも動きません」

 ひよりが両手を木箱に当てて押してみる。木箱は一ミリも動かない。当然だ。アリが角砂糖を押すようなものである。

「ですが、魔法陣を起動すると……」

 ひよりの手首のブレスレットが淡く光り、呼応するように木箱の底面と床の隙間から同じ色の光が漏れだす。すぐにふわりと数センチだけ木箱が浮き上がった。

「はい、浮きました。ここでこのように押すと非力な女性でもぉ……あれ、動かない?」

 ひよりが全体重をかけてうんうん唸っても先ほどと同様に動いていないように見える。しばらく奮闘するうちに、わずかに木箱が動いた。

「あ、動いた!ほらほら、こうやって非力な女子でも重いものが動かせるんです。どうです、便利でしょう?」

 木箱がようやくゆっくりと動き出して調子に乗ったひよりが、えいえいと押し続ける。

「ね、ひより、あんまり強く押すと危ないよ……」

「え?あれ、あわわ……」

 そこそこの速度で動き出した木箱を、今度は止めようとするけれどうまくいかない。掴むところもないし、動き出した木箱は予想以上に勢いを殺すのが難しい。

 どうにもできずにいるうちに、木箱は奥に並んだ別の木箱にズシンとぶつかって止まった。

「ご、ごめんなさい」

 失敗しちゃった、と涙目で訴えてくるひより。

 依頼主の大男はうつむいて肩をぷるぷると震わせている。

 まずい。ここは土下座してでも謝り倒してなんとか取り成そう。

「素晴らしいっ!」

「我ら積年の夢が……、ついに……」

「うおぉぉぉ!」

 大男たちの突然の咆哮にボクたちは飛び上がって驚く。

「あのぅ、スミマセン……」

 わけがわからず、恐る恐るうかがうように頭を下げる。

「何を謝ることがある、君たちは我が同好会の救世主だ。ありがとう、ありがとう!」

 大男の一人がひよりの両手を取ってブンブンと大きく上下に振り回す。

 ほかの三人も滂沱の涙を流し感激に打ち震えている。

 そんなに荷物運びが嫌だったのだろうか。

「これで、心置きなく荷物が動かせる!」

「ああ、もう我慢することはないんだ。好きなだけ運び倒すぞ、うぉーっ!」

「……あのー、これってどういう?」

 ボクたちは目を白黒させて、感極まっている大男四人に事情を尋ねた。

「ああ、すまない、取り乱してしまったな。

 俺たちはもともとは荷物を押して所定の場所に納めるというパズルを楽しむ同好会なんだ。ダンジョンの中なら十分な広さが確保できると考えてリアルサイズでパズルを楽しもうと設立されたんだが、実際は大きな荷物を動かすには相当なフィジカルが必要で、パズルを楽しむという感覚からは遠いものとなっていたんだ」

「それに何度も重い荷を引きずると、ダンジョンの床のほうは傷つく心配はいらないものの木箱はすぐに劣化する。それを修理する費用もばかにならん。メインのパズルを楽しむ時間よりも、肉体改造や費用調達の活動のほうが長くなってしまう始末でな」

「だが、この浮遊の魔法陣があれば!」

「押すのに力は不要!だから攻略に神経を集中できる!」

「箱の傷みも心配無用!だから何度でもトライできる!」

 大男たちは声に合わせてマッスルなポージングを決める。

「でも、移動した箱を止める方法を用意できていなくて……」

 ひよりがびくびくしながら申し訳なさそうにいう。

「「「「そこがいいんじゃないかッ!」」」」

「ひぃっ」

 大男たちの息の合った大音声だいおんじょうに、ひよりは飛び上がってボクの背中に隠れた。

「正しい位置から行き過ぎると取り返しがつかなくなるところが、このパズルの醍醐味なんだ」

「大胆かつ繊細な操作を求められるリアリティ」

「一見遠回りしながらも最短の手順を探る深い洞察」

「リアルに行く手をふさがれる絶望感」

「「「「それが、我らが求めるパズルの境地」」」」

「そ、そうですか。ご満足いただけたなら光栄です」

「ああ、言い値を払おう。この部屋にある木箱すべての刻印を依頼する」

「わ、わかりました。でも、一日で全部は難しいので少しずつの納品でいいですか?」

「ああ、構わん。よろしく頼む」

「で、では、明日以降、順次取り掛かります。今日のところはこれで……」

「楽しみにしているぞ」

 後片付けをして帰るボクたちを大男たちは扉の前まで見送りに出てくれた。

「これでおエストは心配なくなったね」

「でも明日からの作業が大変だな……」

「まあ、何とかなるよー」

 ホクホク顔のひよりのほうを見ながら小声で会話する。

 背後ではまだ浮かれた気分の大男四人が騒いでいた。

「こんなプレート、もう用はないな」

 気になって振り返ると、アクリルのネームプレートが外された下には古びた真鍮の板に『倉庫番同好会』と刻まれていた。

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