第25話 お客さま第一号
「こっちって、商会のほうだよね。お客さんってアリバス商会?」
「んー、半分正解だけど半分外れー」
にひひ、といたずらをしている子供のような笑顔を浮かべる。ひよりは変わらないなあと眺めつつ、JKがこんなでいいんだろうかと心配になるほどだ。まあ、外見に関しては自分も周囲から同様の感想を持たれがちだから口にはしないけれど。
ひよりは商会の前を通り過ぎてそのまま通路の奥に向かう。このあたりに部室は無くて、アルファベットと数字で通し番号が振られた扉がいくつも等間隔に並んでいた。アリバス商会の倉庫だろうか。
ボクの予想を裏付けるように、通路のどん詰まりに『管理人室』と書かれたネームプレートをぶら下げた扉があった。白いアクリルのネームプレートの下には古い真鍮のプレートが覗いている。前は別の用途で使っていた部屋なのだろう。
ひよりがコンコンとノックして中に声をかける。
「こんにちわー」
ぎぃっと重い音を立てて扉が開き、大男がのっそりと姿を現す。少しかがまないと通れないほどの身長で広い肩が入り口をみっちりとふさいでいる。二の腕の太さなんか、ひよりの腰回りより太そうだ。
無言で見下ろす濁った眼に腰が引けそうになるボクとは逆に、ひよりはにこにこと笑顔を浮かべて声をかけた。
「魔法道具同好会ですー」
「……こっちだ」
大男は無愛想につぶやくと部屋へ入るように促す。
部屋には他にも三人、同じような背格好の大男が腕組みで立っていた。
この人たちって本当に同じ高校生?世紀末覇者の手下とかじゃないよね?
本能的に逃走経路を確認したくなって部屋を見回す。
出入口は背後の一つだけ。地下ダンジョンの中だから当然窓の類はない。
天井は高く正方形の部屋になっていて床面積がそこそこある。うちの部室の六倍はあるんじゃないかな。だけど広いという印象がないのは部屋の三分の二を占める大きな木箱の群れのせいだと思う。両手を広げたほどの幅の立方体が整然と並んでいる。
やっぱり倉庫だったね。それにしても特色のない木箱だなあ。どれもこれも同じに見える。これじゃ、中に何が入っているかわからなくなるんじゃない?
ボクが部屋の観察をしている間に、ひよりは商談を進めていたようだ。
「それじゃあ、お試しで一つ魔法陣を設置してみますね。どちらにしましょうか?」
「こいつで頼む」
ひよりと話をしていた大男が身振りで示し、それに答えるようにして二人がかりで木箱を一つ運んでくる。
中身は空なのか、二人は躊躇なく木箱を倒して底面が見えるように置いた。
「コウくん、魔法陣をちょうだい」
ひよりは木箱に近づくとボクのほうに手を差し出した。
「あ、はいこれ」
ボクは状況が分からずに少し戸惑いながら、手に持った筒から丸めた模造紙を取り出してひよりに手渡す。
ひよりは模造紙を箱の底面に押し当てて広げようとする。ぴょんぴょん飛び上がるようにして一所懸命に手を伸ばしているけれど、木箱の中ほどにしか届かない。
しょうがないなあといって代わってやりたいところだけれど、ボクでも届きそうにないし、どうしたものか。
「これを使え」
考え込んでいると大男がミカン箱サイズの木箱を貸してくれた。
「ありがとうございます」
案外いい人たちみたいだ。
ミカン箱に乗って模造紙の端をテープで止める。
四隅を止め終わったところでひよりがまた別の紙を取り出す。こちらはA3サイズの色付きの紙で、裏面と表面があるようだ。表面にはどこかの部活を示すロゴマークが印刷されていて、裏面は真っ黒な塗料が一面に塗られている。
まるで光をすべて吸収して一切反射しないかのような漆黒。いや、黒という色があるのではなくて、そこだけぽっかりと何もない空間が開いて暗黒を覗き込んでいる気すらしてくる。
なんかこんな塗料が発明されたよね。『世界一黒い塗料』とかいってネットニュースで見た気がする。
ひよりはとくに気に掛けるふうもなく、手慣れた様子で裏が黒い紙を模造紙と木箱の間に挟み込む。続いて、ペンを取り出し模造紙の魔法陣をなぞっていく。どうやらカーボン紙の要領で魔法陣を転写しているらしい。大きい図柄なので、何度かカーボン紙の位置をずらしながら絵をなぞっている。大きいとはいえ二人で手分けするにはちょっと場所がないし、魔法陣の素養がないボクには手伝えないので、作業はひより一人に任せるしかない。
「できた!」
ひよりがうきうきと模造紙を回収し、魔法陣の出来を検分している。こういうところを見ていると、ひよりって本当にモノ作りが好きなんだなあと思う。
「これで完成?」
手持ち無沙汰だったボクは描きあがった魔法陣に触れるように指を伸ばす。
「ストップ!まだ触っちゃダメ」
「ゴメン」
「まだ転写が終わっただけなの。これから定着の作業をしなきゃいけないから」
ひよりが左手を前に差し出し、右手でステータス画面を操作する。すぐに左手のブレスレットが淡い光を放ち、魔法陣に
やがて描かれた線が黒く光り始める。
シュウゥゥ。
黒い線に沿って木箱の表面が徐々に焦げるように、腐食するようにえぐれていく。煙や臭いはないけれど、強い酸で焼かれていく感じだ。
「よし」
ひよりがエストの注入を止めると黒い線の浸食も止まった。
ひよりが木箱に近づいて仕上がりを確認する。えぐれた黒い溝を人差し指でなぞっているけど、大丈夫なのかな?
「出来ました!」
満足のいく仕上がりだったようで、振り向いたひよりの顔から笑みがこぼれた。
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